家ご飯シリーズ。「料理は片手間は余裕か?」という問題。

家のご飯が美味しいのはシリーズ、(シリーズになったのか?)
ご丁寧なお返事をいただきました。素晴らしい指摘があったので、そのことについて考えてみようと思います。

前略 それから料理なんて片手間にやるものとさらっと言い切ってしまうところに余裕を感じました。私は毎日献立を考えることに苦痛を感じていたので、料理を片手間と捉えられませんでした。以下略



そうそう。本当に献立を考えるのは大変ですよねえ。食べたいもの、作りたいものがあればいいのですが、それが単品だったりすると、何を組み合わせようか、組み合わせは無限なので、ホトホト悩んでしまいます。

家のご飯の場合、文句があるなら食べるな!とか、自分で作れ!と言い放てば良いのですが、料理教室の献立となったら、本当に毎回レシピが出来るのかしら?と逃げ出したくなります。献立さえ決まってしまえば、材料や分量などは自動的に書けるので、料理教室の労力の80%は献立作りなんじゃないか?と思います。

教室の場合、生徒さんたちが貴重な時間を使って、遠いところから来てくださって、お金を払って学んで下さるのだから、講習料の10倍くらいのリターンがある内容にしないと申し訳ないな、といつもあれこれ考えてしまいます。

そうじゃなくて、家ご飯ですね。

初めて断食をした時、ものすごーく手持ち無沙汰だったんです。なんか、暇で暇でしょうがない。なんでこんなに暇なのか?と思ったら、断食なので、「何つくろ?」と考える必要がないし、ご飯をつくらない。食べないし、皿洗いや片付けもないし、歯磨きもない。

一日の一体どれだけの時間を食べることやそのための買い物などに費やしてるのか?と思ったのでした。

専業主婦でも家で仕事してる人でも、外で働いている人でも、ご飯担当の場合、専属でご飯だけを作ってるわけじゃなくて、本業や子育て、あるいは全てをしながら、ご飯も作るわけです。

だから、ご飯の用意は片手間でいいことにしようよ!
と私は主張するんです。

そのためには生活のモード転換みたいなことが必要です。ここで、またその2で書いた“〇〇でなければ”という思い込みに戻っていくのです。

そもそも、家庭生活ってのはなんなんでしょう?家庭の中のわたしってなになんでしょう?
飯炊き女です。掃除も洗濯もしてますが、それではわたしは家事使用人でしょうか?

家庭生活の家事の雑用部分というのは本当に煩わしいことです。しかし、人は生きていれば誰しもが身の回りの雑用はしなければ生活が成り立ちません。

共同生活者と役割分担をして、生活が健全に回転して、健康で心地よく持続可能に暮らせるように気を配りながら、自分の仕事もしているのです。食べることは生活のとても重要で、クリエイティブな部分ですが、食べ物の準備をするためにわたしがいるのではなく、あれこれやる事のうちのひとつに料理があるのではないでしょうか?

ならば、負担にならない程度に片手間でいいではありませんか。

これはわたしが余裕をかましているわけではなく、本当に片手間でいいや。やりたくない時はお好み焼きだ!と思うのです。

不食の人にでならない限り、食べることは一生つきまといます。家庭の中の料理担当は幸せです。ずっとやることがあるし、自分の好きなものが作れるんですもの。

きちんとしなくちゃ!と考えると本当に毎日大変だし、負担だと思います。そもそも「きちんと」の基準って、そんなものは存在しないのです。やればやるだけキリがないし、手を抜けばいくらでも。こちらもキリがありません。

きちんとしよう、と思うと辛いですよね。わたしも若いころは夕食のイメージのようなものがあって、それに近づけるために品数を増やしたり、一人でカリカリ料理してたけど、そんなもの誰も求めてないんだ。適当なものを並べても「ちょっと変わった組み合わせだね」などと言いながらもウマウマ食べているのです。

なにを一生懸命やってたんだ?と思います。イライラして連れ合いに当たったりしてね。
そんなことより、片手間料理で自分が充実している方がよほど円満なんです。

ご飯の用意は基本的に連れ合いからカエルメールが来てから台所に立ってなに作るか考える。
朝からダラダラと献立に悩まず、材料からスパッとインスピレーションがある日はメモに献立を書いておいて、仕事の合間に必要な下準備があればしておいて、15分で作る。
なにも湧いてこない日は冷蔵庫の野菜室を開けて、あるものを作業台に並べて、思いつくものを作る、というそんな感じで、片手間です。

わたしの場合は作りたいものや食べたいものがない時は材料に「ねえ、あんた、何になりたい?」と聞いて作り始めます。予定したものと全然違う料理になるのもしょっちゅうですから、あんまり参考にならないかも。

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酵母更新のためにピザを焼いたりもする。献立はその日の色々な事情と食べたいものの組み合わせで決まるのです。献立考えて、材料を買ってから作り始めるということは、来客の時でもないとやりません。いえのご飯はあるもので適当に。

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9月10日(日)天然酵母でピザ&色々享楽的なご飯。
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教室は広島市です。

家のご飯が美味しいのはぺんぎんさんが料理上手だからでは?というご指摘について考えること。その2

昨日の記事の続きです。

考えてみたら、世間の人の食べているものとわたしの人生は決して交錯することなどなく、わたしにとって、わたしが食べるものだけがこの世に存在するので、それが「おいし〜」と思えればそれは至高の美味なのです。

日常のご飯ですから特別な材料があるわけではありません。家にあるもので作るのですが、わたしに「なにが食べたい?材料から考えたら、〇〇と△、□もできるけど、どんなものが食べたいかしら?」と問いかけて、その答えを聞いてから作るのだから、わたしがわたしだけのためにわたしの食べたいものを作って食べると言う贅沢が可能なのです。

さて、ここで、ぺんぎんさんは料理上手かどうか?という問題です。

わたしは・・・はっきり言って上手ではないと思います。人と違うところは、嗅覚や味覚が人より敏感で食べ物の味や香りの記憶力も優れているらしいところ。

これは感覚なので人と比較はできませんが、どうやら繊細な部分を記憶したり、嗅ぎ分けたりしているんじゃないか?と最近考えています。

これは計算が早い、数字を覚える、人の顔と名前を覚える、など人によって持っている能力が違うと言うだけで、優れているとかどうとか、と言う問題ではありません。
嗅覚や味覚が地味でもその地味な感覚で食べることと接するわけですから、何れにしても美味しいかどうか?と言うのはとてもパーソナルな問題だと思うのです。この「大変にパーソナルな感覚」というところは非常に重要だと思います。


その代わり、見た目などには無頓着で、綺麗に盛り付けたり、彩を考えてちょっとグリーンを散らすなんてプチ面倒なことはあまりしません。まぁ、料理は家事の一部で片手間でやるものですから、彩のために一年中さやえんどうを買ったりなんてことはしないのです。お金も無駄ですし。

わたしが料理上手でも料理が得意でもないところは、料理教師としてはとても素晴らしいアドバンテージです。苦手な人が自炊をするための手助けができるからです。だって、わたし食べるのは好きだけど、料理はしたくないんだもの。

さて、最後のお金をとる店の料理と家の料理の違いについて、これはとても大切な指摘です。

家のご飯の場合、テナント料も人件費も掛からないのです。従業員に給料を払う必要もないし、客席のために特別な家具・調度を揃える必要も、客席のための光熱費もかかりません。

つまり、家のご飯にかかる経費は純粋に材料代とガス代くらい。だって、わたしの人件費は誰も払ってくれないし、テナント料は家だから生活全部含まれるわけです。

店の場合、テナント料、人件費、広告宣伝費も必要でしょうし、それに加えて利益を出さなければ店は存続しません。だから、技術や珍しい食材でお客さんを満足させなければいけません。

例えば、わたしはよく紺ちゃんのラーメンやお好み焼きを食べに行きますが、これは、専門店の専門食なので、家で作るより店の方が美味しいわけです。(広島の人は広島式のお好み焼きは家で焼くから外では食べない、と言う方もいらっしゃいます。その方は関西風のお好みや自分じゃ焼けないので店で食べるそうです。不思議〜)

しかし、パスタ&サラダとなったら、わざわざ服を着替えて、家から出かけて行って食べるほどの料理を出す店はそうそうありません。
家で食べた方が美味しいからです。

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家から出なくてもこれくらいはいつでも出来る。

技術の問題じゃなくて、料理ってのはそんなもんです。

料理や食べることについては、とても身近な事柄だから、ものすご〜く思い込みや先入観、“なばならない!”がコテコテにまとわりついてます。

まずはそのコテコテにこびりついた料理と食べることにまつわるアレコレに気付きながら日々のご飯と向き合うと、生きることも楽になるように思うのです。

料理教室に来る人たちにきちんと伝わっているかわからないけれど、教室に来てくれたら、皆さん、わたし程度には料理上手になって、外食があまり楽しめない不自由な体質になるくらいにはステップアップしていただけます。

個人レッスンもしております。和食の惣菜は2回くらいのセッションで十分日常のご飯に対応できます。
日常茶飯なことですから、ストレスを感じずに食べたいものを自分で作れるようになると人生楽しく、楽になることは間違いありません。
遠方の方も来られたらいいなぁ〜と思うのです。



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家のご飯が美味しいのはぺんぎんさんが料理上手だからでは?というご指摘について考えること。その1

家のご飯の方が店で食べるより美味しいのは当たり前のこと、とブログに書いたら、→

こんなコメントいただきました。

不思議です。
家のごはんの方が店のごはんよりおいしいのはぺんぎんさんが料理上手だからではないのですか?
普通はお金をとる店のごはんのほうが美味しいと思ってしまいます。。



ウンウン、わかります。わたしもず〜っとそんな風に考えてました。プロが作るのだから素人のわたしが片手間で作るより美味しい、とか、材料の仕入れが違うから家のご飯よりおいしい、とか・・・

その考えが変わったのは、バングラデシュ。
バングラデシュの家庭料理は、もちろんお家によるのですが、おいしいご飯の家はものすご〜く美味しいのです。一体どうやったらこんな魔法のような官能的な美味しい料理ができるのか?不思議なのです。

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秋鮭のアラを300円で買ったので、ズッキーニとカレー煮。ツルムラサキ炒めと苦瓜の香味揚げ。きゅうりのサラダ。ベンガル料理は自分で作っていて言うのもなんだけど、どうしてこんなに美味しくなるのかわかりません。謎すぎ。

バングラデシュに限らず、南アジアは外食文化ではありません。ご飯は普通家で食べるもので、外食は結婚式など特別な機会か、気の毒に家のご飯が食べられない人のためのものなのです。最近はSNSで友達とオサレなレストランでリア充アピールが盛んなので少しづつ変わってきているかもしれません。

ベンガル料理とヨーロッパの料理は近いとわたしは考えているのですが、例えば、イタリア人に美味しいパスタはどの店?、と聞けばば、「母ちゃんのパスタが一番だよ」と答える人が多いのだそうです。

あぁ、この感覚、ベンガル人と同じなんだろうな、と思いました。

さて、どうして私たち日本人は家のご飯はつまらないもので、店のお料理こそ美味しいと思ってるんでしょう?

わたしが作る料理と店の料理。同じ料理ならどれほど違うか?

冷静に食べ比べてみてほしいんです。
店のものは、飾り切りになってたり、材料が多くて彩が良かったりするかもしれません。だけど味そのものはどうでしょう?

化学調味料を使わずに、添加物も極力避けて、塩は塩化ナトリウムではない天然のミネラルを含んだもので・・・となるとお金持ちになってそういう惣菜を買ったり、そんな料理を作る店に通ったりするか、自分で作るしかありません。

料理上手にならないと美味しくならないか?というとどうだろう?

多くの人はまず、「わたしの作る料理はつまらない」と思っているように感じます。何が原因でそう思うのか?

わたしもそう思っていました。
「世間の人はもっと美味しいものを食べているに違いない」。
実際のところはわかりませんが、実は世間の人たちはそれほど大したもの食べてないらしいんじゃないかしら?だって、カップ麺とかスーパーの惣菜とか食べられるんだもの(わたしは無理!)

わたしは人にご飯を食べてもらって「美味しい」と言ってもらえるのも「そりゃ、タダだからね。美味しいって言うよね。礼儀だもん」くらいにしか考えてませんでした。本当に美味しいかどうかはその人でないとわかりません。

では、わたしがわたしに作る食べ物を、わたしはどう感じているか?と言うと・・・
「世間の人はもっと美味しいものを食べているに違いないが、今日のご飯は美味しかった」
と思うわけです。

続く。

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価値を創造しているんだと思うのです。

連れ合いのお弁当は消費税が5%に上がってからず〜っとわたしが焼く天然酵母パンです。
なんで消費税が5%になった時からかというと、消費税が上がる前にオーブンを買ったんです。連れ合いは電子レンジとオーブントースターがあるのに、なんでオーブンが必要なのか分からないなので、「パンを焼く!」と宣言して買った手前パンを焼かないわけにいかず、パン焼きの経験もないのになぜか天然酵母で初めてしまって、最初のうちは意地になって失敗を繰り返しているうちにパンを買いにいくのは面倒になって、すっかり自家製天然酵母パンのお弁当が定着したのでした。

家のパンの良いところは好きな粉を好きな配合にして焼けること。「売ってるみたいなパン」を目指すとあれこれ小細工をしないといけないようですが、売ってるみたいなパンじゃなくても食べる人が満足して食べていればいいわけで、考えてみたら自分で作るものと売ってるものを比べるというのはおかしなことだと思うのです。

というわけで、パン焼きは連れ合いのお弁当のために週に二回は欠かせない大事なミッションなのですが、実家通いでちょっと疲れてしまったこともあって、パン焼きを1日怠けた。
「お弁当のパンが足りないから、パン屋さんで買ってね。」

たまにパン屋さんのパンは楽しい。しかし、パン屋さんから戻った連れ合いがブツブツいってる。

天然酵母のパン、すごい値段なんだ〜。びっくりしたよぉ〜。

いつもの倍ぐらいの会計を払って帰ってきた。天然酵母パンって高いんだよ、知らなかったのか?
このところナッツが高騰してるし、レーズンも値が上がってほんと、まともな食べ物はお金が掛かる。

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うちのパンは美味しい。いつも同じものばかりだけれど、売ってるパンより断然美味しい。小麦粉もライ麦も北海道産だし、ライ麦は30%くらい入ってるし、ナッツもレーズンもたっぷりだ。

家のパンは利益を出す必要がない。家賃も人件費も考える必要がない。パンを焼くには発酵などの時間は掛かるけど、実際にパン生地と向き合う時間はせいぜい15分ほどだ。

料理は毎日のルーティーンだけれど、料理から生み出される価値は実はとてつもなく大きいように思うのです。そして、家のパンがおいしいから、お気に入りのパン屋さんのパンの味もわかるというものです。たまにしか買わないけど、お弁当が足りない時は助かっているのです。

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6月19日(日)魚料理
6月21日(火)ローラザニア

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「美味しくできるハズ!」と思うとちゃんとできた!

先日の料理教室。

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木綿の着物の季節だね。

レシピをお見せできないのが残念なぐらいシンプルな組み立てのスープをやった。
出しやストックを別に作るわけではなく、調味料は醤油とコショウのみ、というものすごくチャレンジなスープでした。こんなシンプルな料理は自分と材料を信用しないと味が決まらない。自分と材料を信用して作ったらちゃんと出来る。

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脱化学調味料への道はなかなかに険しいのですが、険しくしている原因のひとつが「これだけじゃ美味しくならない」という思い。簡単に言っちゃうと「わたしが作って美味しくできるかしら?無理?」という不安、怖れだと思う。

ちゃんとできるから信じてやってごらん。自分を信じて、材料を信じて安心して作ったら案外できるものですよ、というお話しをしたら、早速に試してくれた方がレポートを送ってくださった。

先日もありがとうございました^ ^
その日の夜にスープを作りました。
味が決まらなくて挫けそうになったのですが、「いや、美味しくできるハズ!」と思ってお醤油を足したら、なんと!
美味しくできました〜♡(旦那さんも美味しいと言ってくれたので、自己暗示じゃないハズ!)鶏がなくて鯛の切り身で作ったから出汁が出やすかったのかな?
どちらにせよ、今まで当たり前に思っていたことが、こんなに簡単に解決するなんて…!調味料もシンプルになったと同時に、なんだか心の中もスッキリしました•*¨*♪
私にもできるんだ!
この魔法は、日々の色々な場面でも使えそうです^ ^



早速作ってくださって、レポートもくださってありがとうございました!
教室では片栗粉をまぶした鶏肉で作ったのですが、鯛って・・よい出しは出るけどアッサリしてるし、昆布出汁もなしだし、何より魚の出しの味はよく知っているわたしたち、昆布出汁もなしで魚だけで美味しいスープを作るのは至難の技。

シンプルな料理のスッキリした味を味わえるようになるとますます外食に満足できなくなり、こだわり系とか、オーガニック系のものでも市販のストック類は使えなくなって、お財布に優しく、台所もスッキリするもんです。

それにしてもまだお会いしたことはないけれど「美味しい」と言ってくれるお連れ合い、いい人ですね。料理は女性の仕事だとは思っていませんが、家族の生活の中心は食べることを通じたコミュニケーションですから、料理担当は家庭の中で一番の権力を握る人でもあります。料理担当という特権を放棄するのはもったいないことです。

自分を信じて、材料を信じて、人を信じて物事に当たったら、生活の全てがシンプルで味わい深いものになるのかもしれません。

自分の芯を信じることができたら、ブレない自分になれて、自分が信じられるから、人も信じられるし、傲慢にも卑屈にも感じる必要はなくなるんだなぁ、ということを最近思ったのですが、自分を信じる練習というのがなかなかできませんが、日々の食べることを通じて練習することも出来るんです。

自分の好みを知ることも大事だし、今自分が何を食べたいか知ることも大事だし、苦痛にならないように食べ物の準備や片付けができることも大事。

「感覚を開く」とわたしは表現するのですが、料理を作って食べることで味覚や官能を通じて自分と出会う練習をするのも料理を通じて可能だと思うのです。

というわけで、明日は楽しい料理教室。今の季節いろんなところから届くジャガイモや小粒の玉ねぎを使った料理です。お楽しみに!

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5月29日(日)じゃがいものパンケーキ
6月21日(火)ローラザニア

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教室の準備。

のんびりとあくびをしようと口元に手を当ててほわぁ〜っと口をあけようとしていたら、夫が覗き込むのであくびが止まってしまいました。

なんてひどいことをする夫でしょうか。

彼はどういうわけか買い物に行くのが大好きで、料理教室の買い物というとがぜん張り切ってついてきます。いや、一人でも買い物行けるんだけどねえ。「メモは持った?」とかいちいち聞くし。そりゃメモを書いて忘れたことは一度や二度じゃないけどさぁ。

別に自分の食べたいものをカゴに入れるというわけじゃない。食べたいもののリクエストをするわけでもない。野菜や魚を見るのが好きらしい。その情熱の半分でいいからお洋服も見たり試着してくれたらいいのに、服は買わないし、見に行きもしない。

明日の教室はかなり楽しい。新しい人が増えたので、お出しを作って、それから和食惣菜のベースになるものを作って、いろんな料理を展開する。わたしは忘れっぽいししょっちゅう気が変わるので作り置きというのはあまりしないのだけど、汎用性の高いものは時々作る。人が来るけど料理にかまけてる暇がない、なんて時にも便利だ。

市販品がヒントになる時もあるし、まったくオリジナルに思いつく場合もある。相談されてひねり出すこともある。料理のコツみたいなものはコツのツボが人によって違うので、何が参考になるかはわからないけれど、どうしてこういう方法を考えたのか、というプロセスがわかればまた料理に向かう姿勢が変わるというものです。

料理というとレシピレシピと思う人が多いし、実際料理教室にはレシピをもらって試食して帰って来るところ、というふうに理解している人が多いけれど、本当に大事なことはレシピには書けないし、レシピには材料と分量以外、文章に書かれてないことを読み取ることが大事だ。

私の教室も細かくレシピを書いているけれど、レシピに書いてないことをかなりクドクドと細かく説明します。レシピだけなら本もあるし、ネットでいくらでも検索できるけど、レシピに書いてないことや、レシピの読み方ってのまではわからないもの。

というわけで、買い物に行って、レシピの仕上げをして、材料費の計算をしてあれこれ下準備。ついでに火曜日のレシピも書き始めてという土曜日。
夫は買い物の後仕事に行ったので、お昼は一人楽しくサンドウィッチ。

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時々無性にサンド食べたくなるんだなぁ。自分で作ると詰め過ぎてしまいます。うちのパン、最高だ。
夫の留守に断食とか・・・無理だ。

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おうちごはんは最高だ。

「料理を教えている」と言うと、だいたいの人が料理が得意で上手な人だと思うようです。ついでに家はピカピカとか、家事もバッチリとか、家庭的な優しい理想の女性とか、そんな風に思われるようですが、私の場合はまったく当てはまりません。

先日美容師さんと話しをしていて、料理が上手なんですね、と言われて、「いや、得意じゃないし、上手でもないんです。だいたい、得意な人から習いたいもんですか?」と本音を言ってしまったら、その美容師さん、しばらく考えてから・・・「確かに、得意な人からは習いたくないかも」と話しを合わせてくださいました。

料理を教えてる、というだけで色眼鏡で見られるもので、「お料理が出来上がった時には流しもピカピカでしょ」と言われることも。「いや〜、嫌味が上手ですねぇ」と切り返してしまいます。もちろん、作業に支障が出るようなら途中で片付けますが、だいたいゴチャゴチャです。だってお手伝いさんがいるわけでなし、一人でできることには限界があるんだもの。

家のご飯をちゃんと作るという人に付随する色々なイメージ、たとえば、「彼の胃袋鷲掴み」とか、「理想の女性」とか、「良妻賢母」とか・・・あ〜、書いていてパソコンぶん投げたくなる!投げないけどさあ。


あ、今日はそんなことをボヤくつもりじゃなかった。家のご飯が美味しいのは、とってもパーソナルだからだっていうことを言いたかったのです。

去年ハマった筍のピルピル。カキのピルピルもあるんだから、筍とカキのピルピルも美味かろう、と晩御飯に作って・・・

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あ、写真はグロいね。

オイルがたくさん残るので、このオイルでパスタにしたら美味かろう、ということで話しがまとまって、翌日。

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こごみのサラダに豆腐のネギのせ。

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でもって、昨日のピルピルオイルにまた筍とアスパラを加えてパスタソース。カキの出しが出ていて誠に結構。

こういう使い回し、鍋の後のおじやみたいなことは家族のうちでしか出来ない、とっても親密な料理。残り物も調味料も無駄なく使うのがおうちごはん。親密な関係だからこそ使い回しができるというものです。

やっと美味しいパスタ食べたい!という気分が満たされた午後でした。
やれやれ。また筍買ってこよう。

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レシピについて考えることと、着物が着れない不思議について

料理を人に教えるためにはレシピを書かないといけません。
料理が上手な人はたくさんいるけれど、上手な人がみんな料理を教えるわけじゃなくて、レシピを書いたり、料理の工程や内容を言語化することができる人が料理を教えるんだと思います。

レシピを書いていて、たとえば、ニンジン1本とか、小松菜一束とか、書くのですが、ニンジンだって大きいの、小さいの、中くらいの、長いの、細いの、いろいろある。レシピに書く時は標準的なニンジンを想定して1本と書く訳です。すごい曖昧で、レシピを見て料理を作ろうと思った人がニンジンを買いに行った時、スーパーだったら大きさはある程度企画化されているから普通に買ってくれば標準的なニンジンなので問題ないのですが、産直市や無農薬野菜となったら、大小とりまぜ、細いの長いの、品種も色々・・・はて、どれを買ったら良いものやら・・・と悩んでしまう。

それまでに料理の経験があって、レシピに書いてあるニンジン1本の分量がどれくらいか分かっている人ならレシピを見ながら新しい料理にチャレンジもできるわけですが、心得のない人はニンジンを買うこところからつまづいてしまいます。

かといって、いちいち目方で表示するのも大変で、実際に材料を何gと書いてあるレシピを見ながら料理を作るのは大変だし、覚えられないし、続かないんじゃないかしら?

つまり、料理のレシピってある程度料理の心得のある人を対象に書かれているんじゃないかと思います。
ニンジン1本の大きさ、強火、弱火、千切り、小口、ひたひた。
切り方、火加減、水の量など、知っている人には何でもないことが、全く知らない人には分けわからないことになります。

んじゃぁ、と材料をすべてグラム単位で表示し、火加減をカロリー表示にしたら、正確だし再現性もあるけれど、じゃぁそれで料理を作れるか?というと・・・めっちゃ難しそうです。わたしには無理!!

最近知ったのですが、いわゆる着付け教室なるものに通ってもなかなか着物が着れるようにならないそうです。え?なんで??わけがわかりません。

現代、わたしが若い頃もそうでしたから、1980年代以降、ということにしましょう。着物が着れるようになりたいな〜と思ったら、親族や知り合いから教えてもらえたラッキーな人を除けば、着物の着方を教えてくれるところ、つまり“着付け教室”“きもの学院”などに行くことになります。

だから、着物を着てたら「自分で着たの?すごいね」などと褒められるので嬉しいんですが、そもそも着物って昭和30年代までみんな当たり前に着ていたもので、わたしの記憶にも母や祖母が家で着物姿だったことを覚えています。90過ぎた曾祖母はいつも白っぽい紬の着物で火鉢の前に正座していて、わたしが遊びに行ったら氷砂糖をくれたものでした。2才くらいのころの記憶です。

で、そのきもの学院だか、着付け教室に通ってもなかなか自分で着物が着れるようにならない、という人がいらっしゃる。わたしの友人もきもの学院に通っていたけれど、着物を着るなんて真っ平ゴメンの人になっちゃった。なぜだか理解できませんでした。

わたしは行かなかったのでよく知らないのですが、友達の話しなどを総合すると、いわゆる鍵カッコ付きの「着付け教室」はまず着付け道具一式を揃えるところから入るそうで、道具と教科書を買います。んで、そこからは先生によて違うようで、友達の場合は道具は買ったけど全然使ってないと言ってました。あと、良く聞くのが、道具の使い方が覚えられなくて着物が着れないそうです。

それで人によっては1年通っても自分で着物が着れるようにならない上に、展示会で買い物はしないといけないし、資格試験があって、それにまたお金が掛かるし、なかなか大変そうです。

着付け教室、きもの学院というものが出来てきたのは1970年代以降のことだそうで、その頃はまだ着物は自分で着る、自己流(当たり前だ。ナンにも悪くない)という人を対象にしていた、つまり、料理で言うと、ニンジン1本の標準的な大きさについての合意のある人、生姜ひとかけの大きさがわかってて、ヒタヒタとか、千六本とかがわかって、実践出来る人を相手に懐石料理とか、手を使わずに料理するナンやら流みたいなのを教えてる感じかな?

だから、お端折何センチ、帯結びは袋帯で二重太鼓、衣替えはちゃんと守って、浴衣は夕方以降、なんて「ただの服になんでそこまでゴチャゴチャ言う訳?」な約束事で自分たちをがんじがらめにして、それを着物を着る人すべてに押し付けたんじゃないかしらん?

で、今着物の着方なんかナンにも知らない人が、もともとそれなりに着物を着てた人対象に色々な約束事を教えていた着付け教室に行くと、ニンジン1本の大きさがわからなくてニンジンが買えない人みたいに、着付け道具とお約束事で増々着物を着るのが難しくなってしまうのではないかしら?

道具も使わず、紐だけで少々サイズの違う着物もそれなりに着れるような着物の着方を教えてくれるところが増えるといいなぁ、と思います。

それって、自分が食べたい料理を教えてくれるところってないんだな、っていうのと一緒だなぁ、と思うのでした。

さて、ニンジン1本が買えなくて料理(というより、自炊!)の世界に踏み込めない人、「慣れればすぐよ、適当にやったら出来るわよ」の慣れて適当が出来るまでのコツならわたしが教えてあげられます。

つまり、何が言いたいかというと・・・料理も着物も慣れたらそんなに難しくないんだけど、慣れるまでの手ほどきをしてくれる人ってなかなかいないのが困るよな、ということです。着物はもう本当に着る人がいなくなって、今はめっちゃ買い手市場なんだけど、料理もする人がどんどんいなくなって、スーパーには惣菜ばっかり売られて野菜やお肉や調味料は売ってない、なんて時代が来るのかしら?アメリカの低所得者層が住む地域のスーパーには生鮮食品が売ってないっていうけれど、そんなことになったら恐ろしいわ。

ってことは・・・料理を作る技術を持ってるってことは、階級滑り落ちから逃れるサバイバルの技術でもあるってことだと思うのです。

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買い物に行ってないから家にあるもので、小松菜の煮浸し、ヒジキの煮物、キュウリとお味噌、まとうだいのみりん漬け。ヒジキは常備菜でチビチビ食べます。だから味付け濃い目。ご飯がすすむ。

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9月30日(火)作り置き出しと和食の基礎2
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またまた食品のアレコレについて考えること。

わたしの料理教室の生徒さん、チョコレートや甘いものが大好きで、仕事が忙しい時は「料理してる時間が惜しい」とカップ麺などで食事を済ませていた人だった。

なんでウチの料理教室に来るようになったか、といったら、「やっぱマズいよな、なんとかしなくちゃ」と思ったからだったようだ。

彼女は31才で乳がんがわかり(もうすでにかなり大きく育ってた)、壮絶な闘病の末、34才で亡くなった。
彼女もご家族も本当に無念だったと思う。わたしも無念だし、彼女のことを忘れる日はない。

「身体に悪いもの食べちゃダメよ」と言うと、怒り出す人がいる。

「そんなヒマがない」「金がない」「余裕がない」「あんたの言うこと聞いてたら食べるものがなくなる」「わがまま言うな」

それに加えて今は「絆」だ「食べて応援」だ。

でも待ってほしい。あなたが食べている安くて便利な食べ物はその安さや便利のために動物だったり、そこで働いている人だったりの犠牲の上での安さであり、便利なのかもしれません。

身体に良い食生活というと、オーガニックな野菜を取り寄せて、マクロビとか、ナチュハイみたいな特殊な健康法をやったり、菜っ葉ばっかり食べる甲田療法のような、「そんなもの食べて健康になるくらいやったら、好きなもん食べて死んだ方がマシ!」とおもうような食生活を想像して嫌悪するのかもしれません。

わたしの両親も身体に良い食習慣なんて大嫌いな割りに、テレビで話題になる身体にいいものは大好きだったりする。自然食や食養生なんてものは激しく憎んでいる。

病気でもないわたしが生菜食だ、食養生だ、断食だ、ってことを趣味にしているのは、食品添加物の害についてのいろんな本を読んで、アレもコレも、自分に当てはまることばかりだったからです。

食品添加物の害関連の本は夫が仕事に使うために集めていたものだから、自然と家では添加物抜き、化学調味料抜きの料理を作るようになって、驚いたことに自分の身体、いや、身体よりも精神とか、脳の働きが変わったのです。
以前は頭の中に霧が掛かっているような感じがしていたし、感情を爆発させて収集つかなくなって怒り狂っている自分を斜め上から見下ろしていたり、疲れやすかったり、疲れると何も考えられなくなったり。
何よりも、ハッピーじゃなかったし、気持ちも前向きじゃなかった。頭の中に霧が掛かってたのだから、ハッピーになりようもないというものです。もちろん、便秘でした。

食べ物に気をつけて病気が治ったとか、○○キロ痩せた!とかなら分かりやすい話だけれど、わたしの場合はあまり目に見えないけど、自分としてはまったく別の人生を歩んでいるくらい違う人になった。

「あんたは時間があるから」「お金があるから」とまた言われてしまうのだけど、なにも便利と安さのために毒の入ったものを食べて、頭の回転や霊性、精神の自由を濁らせて、どれほどの時間とお金が節約できるというのか、よく考えてほしい。

藤原新也さんの会員制サイトでミルクチョコレートの話しが書いてあった。
藤原さんの知り合いでアメリカ在住の人との話しの中から出てきた話し。

乳牛が悲惨な状況で飼育されている話しは有名だから、みなさんはご存知だと思うけど、病気になるような過酷な環境で、薬漬けで絞られたミルクの中で血や膿みが混じる乳は加工乳に回されるらしい。

そう、チョコレートに入れちゃうと白くないミルクでもわからない。

だから、アメリカでその人はミルクチョコレートは食べないんだそうな。

「日本の事はしらないが、たいして違いはないだろう」

安い、便利、お手軽、には必ず理由がある。中国の肉が期限切れだったと大騒ぎになっているけれど、チキンナゲットなんて、何が入ってるか知れたものじゃない。色も香りも味も科学技術でどうとでもなるのだ。肉が期限切れだったと大騒ぎになっていることのほうがビックリだ。

食べるものは命そのもの。食べ物自身も命だし、食べ物を作る人だって、食べる人だって命を繋いでいるんだと思う。「そんなヒマはない」などと言わないで、自分で食べるものくらい料理したほうがいい。自分で料理できないようなものは、ちゃんと訳のわかった人が作ってくれるものを買うしかない。安くはないけど、当たり前の材料で当たり前に作ったら、それなりの値段になる。

高いから時々しか食べられない。チョコレートなど身体のためには時々だけ食べれば良い。徳用袋を抱えて食べるようなものじゃない。

料理だって、手の込んだこと、店の料理みたいなことはする必要はない。季節に手に入る材料で、自分の食べたいものを作れる技術があれば、毎日自分の好きなものばかり食べて暮すことができる。

健康に良いものは別に特殊な食事方でも、特殊な調理法でもない。顔の見える人が作ったものを自分の好きな料理にするだけなのです。
身体に良い食事法をするより、身体に悪い、本来食べ物ではないものを身体の中に入れないことの方がよっぽど大事だし、そのためには料理は自分で作るか、大金持ちになるか、2択なのです。

食べるものを自分で作ることは生活の自治だと思うのです。

乳がんで若く散ってしまった彼女は闘病中、「料理塾に行けてよかった」と友達に語ったらしい。わたしはもっと強く言うべきだったか、未だに考えている。彼女は彼女なりに精一杯生きたけど、悔いがあっただろうと思うと切ないのです。
それ以来、教室に来てくれる人にはこれも縁だと思うから、厳しいことを言ってしまうようになりました。(病気になったことを責めたりはしないんだけど)縁のある人には、自分の問題から逃げ出さず、人生と向き合って、今生を生きてほしい、人生を楽しんでほしい、と思うのです。

ストイックに生きるのも、好き放題に生きるのも、その人の選択だし、長生きするのが良いとは思わないんだけど、悔いが残るような人生はちょっと残念なのです。

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くるくる回るベンガル料理。今日苦瓜炒めを作り足して、在庫終了になりました。冷蔵庫があって良かった!



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Bosha Bhat to Biryani 座ったご飯からビリヤニ

料理の本を読むのが趣味。読める言語なら料理の本だったら何語でも読めるのが不思議なところ。新聞なんか全然読めないのにね。

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このかわいい本は英語で書かれたベンガル料理の本。

タイトルの「ぼしゃ・ばーっど・to びりやに」はベンガル語を知らない人には意味がわからないですね。ビリヤニというのはご飯料理の名前ですが、ボシャ・バーッドっていう表現はいかにもベンガルらしい、台所でご飯が炊けている情景が目に浮かぶような表現です。

直訳したら、座ったご飯とか、ご飯を座らせるみたいな意味です。絵にしたらこんな感じ。

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かまどにハリーと呼ばれる鍋を乗せている。ちょうど座っているように見えるので、ご飯を炊くことを「ご飯を座らせる」という表現をします。
たとえば、ご飯まだ?「今座ってるからもうちょっと待って」なんて言い方をするんです。ご飯が座ってるって良いでしょ。

これはご飯料理だけの本じゃなくて、かなり普通のベンガル料理が満載で、英語で書かれているのが本当に残念だけど、読んでいて楽しい本です。知ってる料理や食べたことのある料理も多いけど、食べたことない料理も少なくない。ビリヤニなんて専門店料理だからあまり家庭では作らないので、作り方も知らなかったけど、なるほど、これだと家では作らないわけだ、と思うような難しい作り方。

パラパラとレシピを読んでいるだけで、楽しい本なのです。次の料理教室ではこの本からアレンジしてポラオ(炊き込み御飯)、ブルハニ(ヨーグルトドリンク)、チキンコルマに苦瓜料理など作ろうと思います。

あ〜、楽しみだな。ポラオやコルマは元を辿ればペルシャ料理。ムガール王朝の香りのするゴージャスなお料理なのです。もちろん、カロリーもゴージャスですが、たまにはコッテリ系も楽しいものです。

さて、今日は週一断食の日。
朝坐禅の後にTwitterを見ていたら、マレーシア航空が落ちたとか、訳のわからないツイートが並んでいてしばらく何の話しだか分からなかったのだけど・・・そういえば、オリッサで住民をビルに閉じ込めて焼いたっていうツイートもスターリン時代の話しかと思ったら、現代の話し。世の中で起こってることはもう理解の範疇を越えてしまって、わけのわからないことになってます。

しばらくニュースを追って、今日は1日仕事をしていたけれども、軽い頭痛のする1日断食でした。

夕方、いつものところてんに加えて、桃なんか食べちゃいました。
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こんな桃が届いたら、断食明けに皮ごといってしまうというものです。
マシュー、りえちゃん、ありがとう。

断食明けの晩ご飯は普通に食べられるところが1日断食の良いところ。

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グリーンコープのゴマだれ冷や中は野菜をてんこ盛りにしても美味しい優れものなのです。
世界は壊れそうだから、毎日丁寧に暮そうと思います。

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