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フタをして、見ないことにしていることも取り出したら何でもない。

昨日のエゴちゃん大混乱の話し、今朝夫とその話をしていたのだ。

お:「なんか師範に厳しいこと言われたんだって?」
ぺ:「性根が入ってないって・・・シクシク」
お:「なんだ、そんなことか。大したことないじゃん」
ぺ:「めっちゃグサッときた。図星だ。全てが性根入ってないのがバレた」
お:「性根が悪いとか、腐ってるとかじゃないじゃないか」
ぺ:「うん。そーやねんけど、合宿も行って、稽古にも行って、こんなに頑張ってるのにどうしたらええんやろ?」
お:「それは・・枝葉末節をどうこうしてどうなるって話じゃないよ。」
ぺ:「そーやねん。対策・改善じゃないのはわかるけど、何をどうしたらええんかわからん。シクシク」
お:「今その言葉が聞けてよかったじゃないか。師範、よくわかってるなぁ〜」
ぺ:「うん。しくしく・・・ズビ〜・・・」
お:「これは公案だよ。その辺のことをどうこうするって話じゃないんだよ」
ぺ:「うん。わからん〜メソメソ」

と朝からさめざめと泣いておりました。

人が聞いたら、別にそれほどのことでもないような一言がひどくグサグサくることってあるけれど、それは本当に自分がフタをしてなかったことにして、自分を偽装してることで、実は周りの人にはバレバレだったりするわけですが、師範ともなれば、普通の人には見抜けないほど巧みに(自分自身にもわからないほど巧みに)偽装しているところをツンと突いてこられるわけです。

その衝撃たるや・・・

「辞めさせてもらいます」と言いたくなるような破壊力。

しかし、そうやって突いてもらうと、隠していたことが表面に浮いてきて、自我の殻にヒビが入るのかどうかわかりませんが、夫と話しながらしくしく泣いていた時も実は何で涙が出るのかわからず、そのあとに一人で坐禅していた時も訳も分からず涙が溢れて、「もっと性根を入れて」と言われたことの何がそんなに痛かったのかよく分からなくなってしまいました。

性根が入ってないからもっと立派な人間になるために掃除しようとか、そういうことじゃなく、性根を入れて自分自身と向き合うことで、それは何もわたしのあり方を否定するものでもなんでもないのに、自分は人格を否定されたように感じてしまったんだなぁ。

感じるべきことは、(ハラスメントやマウンティングじゃない)指摘でめっちゃ情動が起こった、その事。
「なんでそこまで言われないかん?」とか、「それを言ったらおしまいでしょ!」みたいなことは、実はとっても大事な指摘で、そこで感情の嵐が起こるのだけど、その感情の嵐に巻き込まれないようにする。

すると、その激情の劇場は鎮火して、自分が見ないようにしていた自分の姿があるだけで、それは別に良いも悪いもない、ただのわたしがあるだけなのよ。

何か隠してる、演じているから無理があり、力みがあり、意識の置きどころがハッキリしない。
隠さず演じなければ無理も力みも必要ない訳です。

嫌な気持ちを手放してしまえば、また別の嫌な気持ちになったことを思い出したりして、それらを手放して、夕方にはもうスッキリしてしまいました。

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お花見の時に門人の方から頂いた美味しいお菓子、連れ合いの好物だから食べずに持って帰ってきた。
なんとわたしは成長したことでしょう。

それにしても、師範のご指摘・・・すごいわ。

エゴの砦をぶち壊す破壊力。

この先まだまだエゴの砦が壊されるのを待っているのかと思うと・・・
恐ろしいような、楽しみなような・・・

ワクワク。

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4月6日 (土)ポテトパンケーキ
4月25日(木)マグロのタルタル

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個人レッスン、短期集中講座はご相談ください。
教室は広島市です。

「あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ」をやめる。

日常の家事の中で苦手感満載の片付け&お掃除を「作務」という位置付けにして、時間を区切って取り組む、というワークを始めて2週間ほどになる。

最初の頃はタイマーをかけてやっていたけれど、最近は洗濯機を回している間にやることにして、洗濯を始めてから、洗濯物を干すまでの時間が午前の作務として定着している。

作務の中には、洗濯物を箪笥に仕舞うところから、階段やトイレの掃除等お掃除系から、生活関連の書類整理まで含んでいる。

今しなくても良いけれど、あ〜、やらなくちゃやらなくちゃ、と思っているアレコレ。例えば、ご時世的に確定申告とか。

これら、やってしまうまでずっと心に錘のように引っかかって、他のことをしていても「あれやらなくちゃ。いつ行こうかしら・・・めんどくさいな。」と心の何処かに鎮座している。

簡単なのだ。やってしまえば良いのだ。だけど、ずるずると
「あぁ、めんどくさいな」
わたしってメンドくさがりだな。ダメだな。と考える。


なんかこれってすごいエネルギーを奪われるような気がするので、作務のついでに確定申告はやっつけることにした。

ダメだったら申告会場に行こう、と開き直って、パソコン申告してみたら・・・
30分ほどで簡単に終わった上に、領収書も源泉徴収票も提出しなくていいとか・・・

なんだ、こんなに簡単だったんだ。


わたしの場合、お掃除&お片づけが苦手なので、「あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ」と心の一部を占拠する事柄は作務として作務時間にやれば案外片付くことに気がつきました。

だいたい右のものを左に動かす、捨てるべきものを捨てる程度のことを「面倒だ」と後回しにしているだけで、確定申告ほどの面倒などない事ばかりなのだ。

一体どれほどお掃除&片付けができないのか、と情けなくなるのだけれど、ただ自分は「あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ」と思っているだけで何もしていなかった、ただそれだけなのだ。

「あれも&これも」と思うと、「それも、かれも」と類似品が次々と想念の中に湧き上がってきて、ますます何もできなくなる。

「なんか知らんけど、大変だから全部ほっておこう。」となって手に付かない。

しかし、「作務」と思って時間を区切ってその時間はあれやこれ。それにカレ。どれかから手をつけて完了していく。あれが片付いたら、次はこれ。これをやっつけたら、それ。という具合。

そうしたら、放置している家事が追いかけてこないというか、3日目くらいから余裕が出てきて、「もう絶対手がつかない」というタイプのややこしい事務仕事まで片付いてしまって、本当にびっくりしたのです。

そして、「あれも&これも」と放置家事に心を侵食されていないので、なんだか余裕がある気がします。

あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ、と考えるということは、やってないわけで、しなくちゃ、と思うことはやればいいだけ。あれとこれがあったら、どれか一つから手をつければ簡単に片付くのだ、という実に当たり前のことなのです。

そして、この当たり前のことをやると心が軽くなる。

あ〜、あれは苦手でわたしには無理だ!と思うようなことは連れ合いに相談してみたら割と簡単に「いいよ」と自分でやるよりよほど上手にやってくれたりするもんで、想念の中でやらなきゃ、やらなきゃ、と思っていると精神によろしくないなぁ、と改めて思ったのでした。

ああ、本当にやってみたら簡単なことで、家の中がキレイになったとは言わないけれど、少なくともわたしの心は整っている。

だって、「あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ。ホント、ダメね、」という声が消えるん。

30分ほどの作務を数日やるだけで「さて、今日は何しよう」となってしまった。

あれもこれも、がなくなった。

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菊の助さんのお餅が届いたので、大納言でおぜんざい。

菊の助さんの柚子ごしょうは完売したようですが、カボスコはまだあるみたいですよ。ケチャップに混ぜると異国の味になるとか。
https://ameblo.jp/kikunosuke18/entry-12437780880.html

そうそう、片付け&掃除の他にも「連絡を取る、返事をする」というのが苦手で、そんなことも作務にしてます。

作務は「〇〇しなくちゃ」に手をつける時間。苦手なことは時間を区切って仕事と思ってやればいい。

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3月16日(日)鯖の棒ずし

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テスト前の一夜漬けをそろそろやめよう。

作品展の案内ハガキを出し終えたら、もう展は目の前。
新作をちゃんと仕上げて、値付けなどをしなくちゃいけないところだけれど、まだショールを織っている。

今までだったら、この最後の一枚をなんとか織り上げよう、と徹夜とかしたように思う。そもそも、直前に新しい大物に取り掛かることはなかった。

だって、できなかったら凹むじゃない。

そうやって、展覧会の前になってドドドと作って、展が終わったら腑抜けたみたいに糸紡ぎをキコキコ始める。というパターンをやめてみようと思ってる。

展覧会を超特別なイベントと考えるのはやて、あれは日常の中に組み込まれた普通のことで、日々それに向かって積み重ねよう。それこそ当たり前にキャリアを積んだ人の仕事ではないか・・・

と今更思ったのでした。

というわけで、鋭意製作中。

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もちろん、展覧会に間に合えば嬉しいけれど、いつぞやの鼻風邪が治りきってない感じで無理せず作ります。
一夜漬けはもう卒業だ。

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次回11月は日程調整中。

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新しいチヤレンジの連続で自分の心のクセが色々わかる。

わたしは自分が身を削るようにして作る作品たちのことを、自分の分身か、自分の子供のようにとても大事に思っている。

執着してるのだと思う。
その執着に値段をつけて見知らぬ人に手渡して行くのが展覧会という機会だ。

だから、展覧会をする場所にはとても気を遣ってきた。
作品がよく見えるような舞台。
箱みたいなスペースは嫌だ、バザーみたいな会は嫌だ、同じように並ぶ他の作家の作品もハイクォリティでないと嫌だ、お客さんを持ってる店じゃないと嫌だ、等々、嫌なことばっかり。誰も信用してない。

実際展覧会をすると交通費や滞在費もかかるし、その上、展のために時間が割かれて、製作できないじゃないか!!

とまぁ、そんな風に長年(20年以上だ!)考えて、引きこもっていた。

時々、芸術家で自分の作品を売らない人(例えば四國五郎さんのような・・・)がいらっしゃるけれど、気持ちはわからなくもない。

しかし、わたしが作っているのは、使うものなのだから、いつまでも溜め込んでいるわけにはいかない。作品を売っていくことは、細胞が新陳代謝するようなもので、必要なことだ。

長年のおつきあいから作品とわたしのことを理解してくれているギャラリー、友達が始めたギャラリー、という居心地のいい場所からちょっと出てみよう。永井由里さんが何年もお誘いくださってたじゃないか!

というわけで、今回エントリーしたアトビバ展。

わたしの作品は布なので、広げると面積が大きいのだけど、会議用テーブルを2つ並べたスペース&壁。
どうなることか、と思ったけれど、展示していくうちに作品たちはそれぞれの場所に収まって、伸び伸びと嬉しそうにしている。

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あれま、結構いけるじゃない!

展に参加されている作家の方達が、「この人どうやって連れてきたの?」と話しているのが聞こえる。
「由里さんのご紹介なのよ〜」
「へ〜、由里さん好きそう〜」

あれ、なんか話題になってるけどなんでやろ?

作品って自分の分身、本人以上に雄弁にわたしについて語るのは知っているけれど、なんか評価されている感じがする。

あれ、待てよ・・・わたしは自分で評価してなかったっけ?いいって思ってるよねえ。

そうだ、わたしは変人だから、わたしの作品もわかってくれる人いない、とか考えてたじゃん。

わたしは変わってるから、新しい人の集団の中に入る時、とても緊張するっていつも思ってるよなぁ〜。
でも、もっと変な人ばっかりで、わたし一人が変わっていて、他の人が普通ってことないじゃん。

「普通が一番いい!普通にしなさい!」って母が断言していたなぁ〜、だから普通じゃない自分は受け入れられない、わかってもらえない、って思ってたんだなぁ〜。母も“普通”という幻想を追って、実際にはありもしない“普通”の人を汲々と演じていたんだろうなぁ。

だけど、普通なんてのは実在しない。

長い間、普通じゃない自分は理解されない、好かれない、迷惑かける、受け入れられない、と固く信じていて(思い込んでいて)、殻の中に閉じ込めていたなぁ、と気づいた。

いや、もしかしたらそうじゃないか?という思いはあったけど、今回、完全にわかった。

実は、受け入れられるとか、理解されるとかもどうでもいいことで、わたしはわたしだ!ということだなぁ。

新しい環境で、新しい人たちの中にいるのは某伝統武道の長期修行の時もそうだけど、作品展の時は、「作品」という自分をさらけ出しているから、ゴマカシも効かなければ、黙って隠れている、というわけにもいかず、作品を通してわたしという人を知る新しい人たちとの交流をとても楽しんでいる。

作品も同じで、理解されないわけでも、受け入れられないわけでもなく、ただ、「わたし」である、という、それだけのハナシだなぁ〜。
勇気を出して新しい環境に飛び込んでみて良かったです。

今日15日は15:30からバイオリンのコンサートがあります。
わたしは17時前には所用で早引きします。

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8月23日(木)魚のさばき方など。
8月26日(日)糖質制限地中海料理。

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怖れと臆病。臆病だから守られているということ。

8月から始めたスロージョギングのために午前中にスポーツクラブに行くようになった。

暇な人に見られるのやだな、とか、いろんな考えが出てきたけれど、半年以上もスロージョグしていてプログレスがほとんどなかった原因は・・・

「昼間っから走って疲れたら残りの半日が疲れちゃって使い物にならなくなる」

という怖れだった。
運動習慣がないまま中年になったので、運動なんてするととっても疲れてしまうのだ。別に身体のどこかが悪い、というわけじゃない。ただ、長年の運動不足のために全身が運動することに適応してないだけ。

クラブに行かない理由に、「雨だし」「ちょっと時間が遅くなっちゃった」「食事の時間とかぶる」「暑い」「寒い」。
どんなことでも運動をしに行かない理由には事欠かない。

だけど、よくよく心の中を見て見たら、「疲れるのが嫌。疲れて1日を無駄に過ごすのが怖い」という怖れだったように思う。
でもさ、別にクタクタになるほど体を動かさなくても大抵の時間は無駄にすぎて行くのだから、身体を動かしてクタクタになる1日は有意義な1日のはずじゃないか。

実は恐怖や不安からあれこれと理屈をこねて体を動かさずにいた、と思い至った。
疲れるの嫌ってどんだけ臆病なんや?


今夢中になって読んでいる本。



本の紹介記事はまた別に書くとして、今読んでいるところにブロンドの美人女子大生ウルトラランナーが出てくるのですが、その人は破天荒な人で、大酒呑みで、酔っ払って、無鉄砲でエネルギーを持て余していて、命知らずで・・・

臆病さとは縁がないけど、めちゃくちゃな人なの。

あぁ、もしわたしに「臆病さ」がなくて、体力が有り余っていたら、この人みたいに無鉄砲で破天荒で、自分自身を破壊して散々な人生を歩むことになっただろうな、と思った。

そう考えると、体育嫌いも臆病さもわたしが道を外さずに生きて行くために、わたしを守っていたのだな、と思い至った。

臆病なことって別に悪いわけじゃない。恐怖の克服と無鉄砲は関係ない。恐れを見つめてそれが幻想だっていうことを見破ればいいだけなんだよね。

結構いろんなことを躊躇する原因の底に「恐れ」が隠れているような気がするけれど、その恐れを見破ってしまえば困難はほとんどなくなる。

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ほら、今日もちゃんと走りに行けた。筋肉痛以外の身体の痛みはない。
カラダは着々と走れるカラダに変わっていく。(ハズ)

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6月10日(日)トマトとバジルの焼きビーフンなど
7月12日(木)フレンチフライ&ポテトチップスを極める

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気を使いすぎてギスギスなるのをやめる練習。

連れ合いと義母との旅行はもう何回目になるのかな?

去年の台湾旅行の時は、思いやる気持ちがすれ違って、夫と喧嘩になったりして。わたしが義母にとって良かれと思うポイントと、彼がそう考えるポイントが基本的にズレていて、うまく噛み合わない。

前回はホテルが駅からシャトルバス移動というのが夫には不評(しかし、清朝の宮殿みたいなホテルは義母に受けていた)だったので、今回は駅から5秒というホテルを選んだ。

これでもう「ホテルが遠い」と連れ合いからクレームがくることはない。
他にも、もうちょっと歩くか、どこかで休むか、何を食べるか、どれくらいのボリュームにするか、買い物(皆さんへのお土産)はどこで何を買うか、義母がどんな物を欲しがるか、など、先に色々とシュミレーションして一日の予定を考える。

ジェンダーの問題なのかどうかわからないけれど、彼が考える”母さんが楽しいこと”とわたしが考える”義母さんが喜ぶこと”が微妙に違うので、前は彼から「〇〇はどう?」と聞かれたときに自分の意見を言って、意見の応酬みたいになってとてもしんどかったのだ。

なんで良かれと思って考えて、お金も時間も使って夫とケンカになっちゃうんだ?ってのがすごくしんどかった。

今回、それは阿呆らしいし、誰もそんなことは望んでないので、夫が何か提案してどう思うか?と聞かれたときに「わたしはこうだと思うけど、でもあなたがいいと思うようにすればいい」と、意見をぶつけることをやめた。

だいたい「ほらみろ、母さん疲れちゃったじゃないか」という結果になるのだけれど、それで致命的な何かになるわけじゃないし、義母はただ何をみても、どこを歩いても、タクシーが道を間違えても楽しいのだ。

疲れたらタクシーでホテルに帰ればいいし、予定などないのだから1日寝てても良いわけです。

なんだかね、男の子の配慮の足りないところをわたしがカバーしなくちゃ、みたいに考えてぶつかっていたように思うのですが、配慮が足りなくて義母が不便をしたとしてもそれは自分の息子のことだし、わたしが連れ合いと衝突してまであれこれ気を使う問題じゃなかったんだなぁ〜。
わたしが行きたいところ(中華包丁マッサージ)や、買いたいもの(お茶くらい)は主張して、それで良いんだよな〜。

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義母昔語りの図

義父が亡くなってから三人で旅行をするようになって、義母はとても昔の話をする。昔の話を面白がって聞いてくれる人がいないのか、テレビがないからなのかわからないけれど、旅先で聞く義母の昔語りはなんとも良いものなのです。

大連生まれ大連育ちの義母は東北料理が食べたかろう、と検索して餅(びん)の店を探して行ってみる。

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餅は買ってきて食べたけど、何を包んで食べたかは覚えてない、とか。
義母よりも連れ合いが興奮。

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バングラデシュのポロタをもっと薄くした感じのものでした。


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最後の夜はお粥屋さん。
結局、家常菜(家庭料理)が食べ疲れないのだなぁ。

店に行くにも連れ合いが「隣の駅の手前で700メートルくらいだから歩いて行く」というので歩いて行ったけれど、大通りで歩いてても面白くないし、寒いしで、わたしは疲れたよ。
帰りは地下鉄。

まあ、それでも義母が寝込んだわけでなし、何の問題もないよねえ。
義母の前で歩くの電車だので口論するよりよほど良い。

義母は今年も旅行に行けると思ってなかった、と何度も言ってたけれど、来年もまた行こう。

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3月25日(日)南インド料理
3月29日(木)春野菜の料理。

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母の夢・わたしの人生。

半世紀以上生きていても自分のことって知らないもんです。
そもそもわたしって何?

わたしって何?なんて考えたことなかったもの。
「わたし」からは逃れられない。死んでも逃れられないんだ、ってわかったのは、20代でバングラデシュに出稼ぎに行ったときにつくづく思い知らされた。
でも、わたしって何?わたしって誰?ってことは考えたこともなかった。

わたしって?と問うていると、人からちょっとした「(あなたって)〇〇ね」という何気ない一言が・・・

え〜それはないわ。100%それはないな。うん、それは違う!とハートに擦りもしない一言が・・・

三日くらいたったら・・・

あれ?わたしってもしかして〇〇?あれ、当たってるん?

ってことがあります。
これね、潜在意識の中に巧みに隠されて、自分では知らないこと、見ないことになっている自分の癖、わたしの本質的な性格(でも絶対認めたくない)なんじゃないかなぁ?

あなたって〇〇ね、って言われてムカっとするのは自分がそれを知っていて認めたくないからイラつくのです。知ってることだから問題ない。
だけど、「あ〜、それ、ないよ。見当違いもいいとこ。見る目ないね」とスルーしちゃう一言って、実は〜〜〜だったのよ。

わたしね、甘えたい甘えん坊だって知らなかったの。
それを発見して、連れ合いに報告したら・・・

「え?そんなこと知ってるよ。知らなかったの?」

と逆に聞かれちゃった。
はいはい、知らなかったんですってば!お恥ずかしい限りですが、つい今しがたまで知りませんでした。

わたしには色々とコンプレックスがありまして、「お金稼げない」というのもそのひとつです。
だけど、甘えたいんだから、お金稼ぎたくないのよ。やっとわかったわ。

甘えたいんだから、いろんな意味での自立なんか絶対にしたくない。

だって、甘えたいんだも〜ン。
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野田サトル作 ゴールデンカムイ9巻より拝借

わたしは大学卒業して一度就職したのですが、完全に適性がないことを思い知らされて、精神が壊れる前に社会から逃げ出した辛い経験があります。

あ〜、キャリアウーマンになりたかった。

未だにお勤めが出来ない自分の不能さを嘆いて、引きずっていたのです。
しかし・・・はて、なんで職業婦人になりたかったのかな?

本気で職業婦人になりたかったのなら、公務員とか、学生のうちに特殊な資格を取得して、その資格を活かして(しがみついて?)職業婦人になれる道を切り開いていたはずですが、そんな努力など皆無。そもそも“働く”イメージさえなかったもの。

本音の部分では「なんでわたしが働かないといけないの?」と思っていたことを知ってるのに、職業婦人になりたかった。
なんという矛盾!!

なんでこんなアホな幻想に今まで縛り付けられていたんだろう?

母だ!

母がわたしに刷り込んだんだ。「自分は薬剤師の資格を取って、薬剤師の資格で連れ合いの仕事を手伝えると思っていたのに専業主婦をやらされてどーのこーの!でも、わたしは薬剤師の資格を持っているからいつでも仕事を始めることができる」

ってなことを子供の頃から延々聞かされていた。(「学年で一番!」とセットだ)
まぁ、専業主婦ストレスを娘にブチまけているだけで、母だって本当に職業婦人で居たかったなら、結婚を急がずに資格を活かして勤めていた病院で働き続けるなり、好きに出来たのに、それをしなかったのだ。

母は80過ぎても未だに「わたしは仕事がしたかった!」と言う。
父が開業してから仕事をしていたじゃないか、夢が叶ったじゃないか、と言うと「あれは手伝わされていただけで、わたしはお勤めがしたかった」と言う。
んじゃなんで見合いして結婚したの?と聞いたら、
「わたしは長女で後ろに二人妹が控えていた。だの、大学なんかに行ったら嫁の貰い手がない。だの、田舎でどーのこーの。あ〜だこ〜だ以下省略」

なんの整合性もないのだ。
中学や高校の時にわたしがその矛盾を指摘したら、母は狂ったように怒りまくっていたけれど、いまはどうして母があんなに怒りまくったかよくわかる。

ズボシ!だったんだ。

母の夢だって、子供がアイドルとか歌手に憧れるような、ただのホンワカした“夢”で、本気で実現する気などなかったのだ。
もしわたしが母の言葉を真に受けて本当にキャリアウーマンになったら母は全面的に抵抗して邪魔しただろう。
わたしがボンクラだったから、母は自分の優位が保てたのだ。

な〜んだ、母の夢に未だに縛られていたんだ。

甘えん坊事案を発見してから、大阪通いのために母に買わせた(買ってもらった)ノイズキャンセリングイヤフォンやら、あれやらこれやら、なんで自分で買えるのに母に買ってもらうんだろう?って不思議だったけど、

わたし、お母さんに甘えてたんだ〜!!いや〜ん!

甘えたいのに甘えてることを絶対に認めたくないから、妙に刺々しい人だったなぁ、連れ合いに対してもめっちゃ甘えてるのに認められないから、強がってややこしい人格になっていたなぁ、とアレコレ思い当たったのよ。

甘えん坊さんだったのね、みんな知ってるのに、自分だけ知らずにいたのよね。

など甘えん坊なわたしを認めることにしたら、自分をいじめている 「稼げないわたしの不甲斐なさ」 の正体が見えちゃった。

さて、この甘えん坊さんなワタクシ。
そのまま甘えん坊でいいのか、ワンダーウーマンみたいに強くてかっこよくなりたいのか・・・

扱いかねているのです。
容認しがたいのであります。
ゴロニャ〜ん。

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1月25日(木)白菜と椎茸の油炊きなどマクロビっぽい料理。
2月の日曜日は18日の予定。

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「こうしよう」と思ったことは実現する。

引き寄せ力っていうのかな?

体調にちょっと不快なところがあって、「あ〜、これは断食行くのがいいな〜」と暮れから思っていたの。岡山の「わら」は1月の断食会は満席につきキャンセル待ち状態だった。

お正月明けを待って、広島で坐禅断食を指導している方に電話をしたら、1、2月は休んでます。3月もどうなるかわかりません、と言われちゃった。

しょうがない、岡山にキャンセル待ちを入れたのだ。

なん人くらいウェイティングリストにあるかは聞かなかったけど、もう暮れからキャンセル待ちのノーティスが出てるから、こりゃ無理っぽいな、と思っていたの。
そういえば、一昨年の12月に断食に行ったときも1月はもう満席だと言ってたから、正月明けの断食会は何かと人気があるんだろう。

ダメだろうな〜、でも「どうせダメだ」と思う癖はやめたから、私が断食に行く!と決めたら行けるんじゃないか?と思っていたら・・・・

昨日の夜電話が掛かってきて、行けることになった。

わ〜い、断食ができるのも嬉しいし、食べない状態で20分の坐禅を繰り返すのも嬉しいぞ!

最近「不食」の本を読んでいることも断食会へのモティベーションが上がっているし、これは本格的に「1日一食にしましょうね」というお知らせかもしれません。

とか言いながら、日曜日に道場でもらってきた鏡餅をあげて食べていたりするのだ。
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広島はクワイの生産地で、正月開けたらクワイがたくさん売っている。素揚げにするとホクホク美味しいのです。


「こうしよう」と思ったことがこんなに簡単に実現するのに、「少食」とかはどうして簡単に実現しないんだろう?
不思議だなぁ。

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1月21日(日)お出汁とか、おでんをしようかと思います。
1月25日(木)白菜と椎茸の油炊きなどマクロビっぽい料理。

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「できるわけない」といつも声がするのをやめてみる。

カラダに張り付いたみたいな思考のクセというか、考えってのありませんか?

「しょうがない」
「どうせ〇〇だから」
「わたしができるわけない」

だいたいネガティブなものだよね。ポジティブな思いはあんまり邪魔にならないもの。

先日、母と食事をして、バス乗り場で一緒にバスを待っていた時、「いつもわたしにできるわけない、ってどこかで思ってるよな」という想いが湧いてきた。

そうなのよ〜、何をやってても「わたしには無理」「きっとダメ」「うまくいかない」と足を引っ張る、髪を後ろから引っ張るような想いが体の表面に張り付いていて、本来が怠け者で努力や辛抱が嫌いだから「そうだよね、ダメだからやめておこう。どうせやったってうまくいかないさぁ〜」と簡単に諦めることも多いし、「ダメだろうけどやってみる。まぁ、大した結果にはならないだろうけど」とやってみることもある。こんな調子だからあまり大きな勝負に出ることもない。

地味とか、堅実ならいいんだけど、諦め、と言うより・・・自分をそんなにいじめなくても、やる前からできるわけないとか思わなくていいじゃん、とバス乗り場でふと思ったの。

この「どうせダメ、できるわけない」という考えは、自分が楽したいからかもしれないし、失敗した時のダメージを小さくする自衛のためかもしれないけど、何か始める前から楽することを考えなくてもいいし、自衛なんかそもそも必要ない。

というわけで、この「わたしに出来るわけない」という考えを捨ててみることにした。

まずは、ちり紙をゴミ箱に投げるみたいにポイっと何度か投げてみたけど、手に持ってるようなものじゃないから捨てられない。捨てられないけど、捨てるんだ!というモティベーションは上がった。


だんだん頭にきて、「お前なんか必要ないんじゃ〜」とイメージの中で自分が柔道の達人になった感じで巴投げだか背負い投げで背中に乗ってる「お前に出来るわけない」という考えを投げ飛ばしてみた。

バッコーン、とやや手応えはあったけど、長年皮膚に染み付いているような、ボディースーツのように全身に張り付いているこの思いはなかなか離れない。

ボディースーツなら、ビリビリに破いて、靴下を脱ぐように、手袋を脱ぐように、頭も顔もビリビリと剥がして、背中のファスナーを下ろして、肩から脱いで、丸めて、火に投げ込んで燃やしてみた。

これはやってる最中かなり切ない気持ちになって、本当に自分にいつも張り付いた思いだなぁ〜、引き剥がすのも一苦労。粘着質だし、手で丸めるとベタベタするから火に投げ込むのも大変だった。

だけど、カラダから引き剥がして、燃やしてしまうイメージはかなりうまくいったと思う。

だいたい、この手のイメージワークってのはあまりやったことがないのだけれど、自分の思い込みを「親からいつも言われてたからなぁ〜、なんで親はこんなに子供をいじめるんだ?」などと考えたところで悲しくなるばかりで囚われている思いは離れていかない。

離れないものなら引き剥がせばいい、と、やってみたのでした。

「どうせダメ」という思いから開放されて、ちょっと気が軽くなった。

この、「わたしには出来るわけない」という考えは、顕在意識に上って長らくあったものだから今回引き剥がすことができたけど、まだまだ潜在意識の中でわたしをコントロールしているいろんな考えがあるんだろうなぁ〜。

それらも意識の上に上ってくるたびに投げたり、切ったり、煙で燻したり、いろんなことしてさよならしたらいいんだね。


で、「どうせ私には出来ない、ダメ」という思いを手放した日の夜、6倍の競争になっていた抽選に当たったという知らせが来た。

おぉ〜、わたしにも出来たよ。

最近寒いので、鍋が多い。
キャベツとニンニクと豚肉の塩味お鍋。
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料理作るときには「わたしには出来ない」とか思わないのにね。変だよね。
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「政府は悪い方に進んでいるけれど、社会は良い方に変わっている」という細やかな希望とわたしのスピブーム

Tシャツ展のオープニングパーティーに来てくださった江口友子さんとお付き合いさせていただけるようになったきっかけは、江口さんが安富先生の授業にゲスト出演なさったビデオをわたしが見てブログに書いたことからでした。

その時の記事はなんか頭痛の話。→
見ていたビデオは、合理的な神秘主義とはなにか ~安冨歩先生の授業 2013.4.18

この授業に江口さんがゲスト出演なさっていて、乳がんの現代医学治療から西式健康法にシフトした、というお話を話されていたのです。
ついでに言うと、安富先生はここから西式健康法を生活に取り入れて、スッキリと痩せたら今まで持っていた服がダボダボで着れなくなって、パートナーの服を借りて着て見たら魂が解放されてしまって、今ではすっかり女性装の東大教授となった、と言うエポックメイキングな対談なのです。

というもので、合理的な神秘主義?なんやそれ?という話で、わたしを第三次スピブームへと導いたのは安富先生だとも言えるのよ、なんていう話しをしたのでした。


すると、江口さんはお友達の日本料理屋さんのご主人と最近お話されたことを教えてくださった。

「政府や政治はどんどん悪くなっているけれど、社会はどんどん良くなっている。それが希望です」

ほぉ〜、社会は良くなってるのですか?そーなんですか?

多くの人たちの意識が変わっているから社会は良くなっているんだそうな。
わたしにはあまり実感がない話だけど、ごく個人的なことを言うと、わたし自身の第三次スピブームは「すべてはは自分の中に答えがある。必要なものはもうすでに自分の中に揃っている」という気づきを持って生活していることも「社会が良くなる」要因なのかもしれない。

わたしが一人でそう考えるようになったわけじゃなくて、多くに人たちがなんとなくそんな気分を持っているから、わたしもそう考えるようになったんだと思うのです。

「自分の中に全てがある」という発想から「ミニマリスト」も生まれるし、「仏教アップデート」も理解できる。
今まで心の勉強や精神世界の修行のようなことをやっていた人たちは、その気づきや境地が日常生活と乖離していたように感じなくもないけれど、今は精神的な、語り得ぬものの気づきや境地を日常生活や仕事の中に落とし込んで社会と関わり合いながら生活をしている人が増えているのかもしれません。

な〜んて、ワタクシなんぞは気づきだ、境地だと言いながらも感情も欲望もコントロールもできずにスリリングで人間臭い毎日を送っているんですけれど、「自分」に関心を向けなかった以前と今とでは雲泥の差があるのです。


Tシャツ展、7日までです。詳しくはこちらです→

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