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縫い物講習をした後に山奥のコーヒー屋さんに行く。

今日は縫い物の講習してました。
いらっしゃった方は、ベージュのニュービートルカブリオレに乗ってこられて、痺れてしまいました。

いいな〜、カブリオレ、ウチは駐車場に屋根がないから無理なの。でもいつか乗りたいオープンカー。次に買う車は絶対に天井が開く車がいい。

その方は息子さんが選ばれたとおっしゃってたけれど、なかなかどうして・・・実用的なファミリーカーを買わないところがステキな息子さんであります。

縫い物してるとお口と頭はそれほど忙しくないので、つい手を動かしながらいろんなおしゃべり。初めてお会いした方ですが、コメントのやりとりなどがあった人はあまり初めてお会いするという感じがいたしません。

縫い物など自分でしなくても、ファストファッションがある時代、どうして縫い物なんて・・・って思わなくもないけれど、良い素材の服って今はめっちゃ高いので、今の服、スタイルはそれなりかもしれないけれど、素材といえばひどいもんだ。
良い素材の服を着るなら、高いものを買うか、自分で縫うかになってしまう。

なんだか食べ物と良く似ている。

着るものも昔は自給したものだ。みんなが着物を着ていた時代は、着物を縫うのは料理と同じ家事で、みんなやらされた。

その方のお母様も洋裁をされていたとおっしゃっていましたが、ウチの母もずっと洋裁をやっていた。だからわたしも自分の服を母の道具と指導を得て高校生のころから作るようになっていたけれど、それはお金がなくて好きな服が買えないから仕方なく作っていたという感じ。

母の世代はしゃれた洋服はなかなかないから自分で作っていた、というところだと思う。母の洋裁の先生はとっても美しくステキなマダムだったけれど、ご苦労の多い方で、がんで亡くなられてしまった。あの洋裁の先生がなくなって、母はとても寂しそうにしていたことを思い出す。

家事の中で一番最初にアウトソーシングされたのは織物だとわたしは常々考えているけれど、仕立物が出来るほどの和裁の技術がなくても自分のものや家族の普段着くらいは縫える、というのが普通の人だったんじゃないか、と思う。

洋裁を女の人がみんなやったわけじゃないだろうし、洋裁をやってた人も今簡単に安く服が手に入るなら、自分で服を縫う必然ってのはなかなかない。3日掛かって縫っても、そんな服○○に行ったら1000円で買える、というのでは詰まらない。

だけど、服は身体を包むもの、身体は魂の入れ物だと考えたら、普段着といえどもファストファッションで済ませてしまうのはかなしいと思う。

着るものがだんだんとアウトソーシングされて、ファッションだ流行だと、「自分で作る服などみっともない」と思わされて、普段着までファストファッションであまり良い素材でないものばかり着ていたら、身体はきっと悲しむだろう。これは贅沢しろ、というのじゃない。

最近食べ物もこうやってアウトソーシングされていって、ほんとに誰も家でご飯つくらなくなるのかしら?って考えるんだけど、たぶんそんな日がやってくると思う。

縫い物講習に来て下さったSさん、きっととてもお疲れになったことと思います。

色々お話ししてくださってありがとうございました。手で作るものは良くも悪くも自分の分身です。欠点ばかりが目に付くかもしれませんが、それと同じくらい良いところもある、というのを教えてくれるのが自分の手で作ったモノです。時間と手間を掛けたものにはお金などに数値化できない価値があるし、その価値を受け取るのはそのモノを日頃使う人です。

これって一種の神秘体験だと思うのです。

おやつを用意してあったのだけど、甘いものは制限されているとおっしゃってオヤツはなし。
用意してあったオヤツを持って、夕方山奥のコーヒー屋さんに行ったのでした。
(カフェイン中毒だし。)

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「めぐり逢わせのお弁当」

予告編は猛烈にインド料理が食べたくなる。
「めぐり合わせのお弁当」

ムンバイの典型的なミドルクラス家庭。たぶんIT関係で働く夫、娘、中年にさしかかる妻。
カーストがあるから外食はできないので、お弁当を家庭から届けるというインドならではの職業がある。ダッパーワーラーというお弁当配達人。

各家庭からお弁当を受け取って、駅で集積し、そこから電車でセントラルまで行って、またまた自転車で各職場に配達する。

そのお弁当が夫ではなくて、定年を控えたオッサンのところに届いてしまう、というところからお話しが始まる。

映画の見所はたくさんあるけれど、登場人物がインドらしい複雑さを背景にしている。注意深くみていたら、それぞれの人がどんな宗教で、どの程度の家庭の出身でどの程度の教育を受けていて・・・というのがわかる。

主人公程度の家庭ならお手伝いがいてもおかしくないが、都会生活でお手伝いが見つからず、主婦がすべてをしなくちゃいけない。

洗濯をするシーンが印象的に描かれるがこれは洗濯は本来彼女の仕事ではないことを表しているし、夫の行動への疑問が確信にかわるのも洗濯のシーンから。

予告編であれほど美味しそうだった料理も、本編では物語の一部でしかなく、すばらしい心理劇に引き込まれる。

間違って届いたお弁当を介して文通するオッサンと主婦。アドバイスをしたり、されたり、家庭の問題を打ち明けたり、のっぴきならないことを告白したり。

主人公のまわりでは、父親が死んだり、母親の口から「すっかり冷めていた」と聞かされたりして、彼女は結婚や夫婦の関係について清算することにするところで話しは終わる。

この後どういう展開になるのかは見る人次第という余韻残し過ぎなお話し。

余韻が残り過ぎて、映画の後に夫とお茶をしながら映画の細部についてアレコレ意見を交わして、紺ちゃんでラーメンを食べて家に戻ったら8時間続く雷雨の夜が始まったのでした。

これまた余韻のある展開なんだけど、それはさておいて。

インドってやっぱりすごいなぁ、こんなドラマを脚本も監督も1人の人が作っちゃうんだから。
ベンガル人が作ると上品すぎて退屈な、サタジット・レイとか、現代だったらモメンカルみたいな芸術映画や歴史ドキュメンタリードラマになりがちなのに、現代の、どこにでもありそうな家庭の話しを、女性を主人公にして切り取ってこんなドラマを作るところがボリウッドの底力なんだなぁと、妙に感心したのでした。

いや〜、インド人、恐るべし。

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