家族の人間関係あれこれ考える。

家とか家族ってのはいくつもないわけで、まずは自分が育った家庭。母方の兄弟姉妹、父方の兄弟姉妹の兄弟姉妹間の人間関係、親しいイトコから垣間見る親子関係など極わずかですが、その極限られた関係から「家とは」「家族とは」というイメージを植え付けられるのか、自分で構築するのかわからないけれど・・・・

とにかく、人間関係の核を形成すると思われる「家族」という経験は、極々限られた特殊な例から、さも普遍的な真実のように自分を縛ってしまうように思う。

友達と家族について話していても家族関係や人間同士の微妙な緊張感や上下関係、見える見えない支配の関係などは雑談や世間話、ちょっとした相談ごとなどを通しても自分の中の「家族」のイメージから遠く離れないので多分理解しきらないと思う。

だから結婚すると強烈な異文化体験をするのですが、それを「家族というごく限られた経験」を普遍的なものだと勘違いすることで耐え難い苦痛になったりするわけです。

現実には「あなたの家変わってるわね。ま、うちもかなりだけどさ。」という程度なのですが・・・

わたしの父方の家族はとても緊張した関係で、見栄は張るが本音は言わないようなところがあって、基本意地悪で、先制攻撃命!みたいなギスギスさがある。もちろん実際のバトルをするわけじゃなくて、神経戦なのだから厄介だった。

それに比べて母の家の人間関係はもっとマッタリしている。関係の基本は信頼と愛で成り立っているようで、とりあえず一本取っておこう、という戦闘的なところはない。

昔はその差を、母の家は“田舎だから”だと思っていたけれど、母の実家は都会ではないけれど、田舎というほど田舎じゃない。何より平地だし、大阪や東京じゃない、というだけのことだ。

おかしいのは父方の人たちで、母方の家のマッタリした関係こそが正常なんだ、ということに気がついたのは大人になって自分が結婚してからだったように思う。

母方の人たちの関係を知っていて自分の人生にどれだけ助けになったかわからない。

そんなことを考えたのは昔のことだけど、叔母の葬儀の帰り道、新幹線の中で弟が同じことを言っていたのでびっくりした。

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東京駅でオサレなドリンクを買って母と弟と3人で新幹線。

母方のイトコたちの中でも“大阪のおばちゃんちの子”は浮いた存在だったと思うけど、私たちはハラスメントを受けずに自由にしているイトコたちが羨ましかった。
夏休みには母の実家にみんなで大集合して、たくさん遊んだことは楽しい思い出だ。

なんかね、おじさん、おばさん、イトコたち、ありがとう。

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