「ピアノマニア」

久しぶりに美しい映画を見た。美しいといっても、出てくるのはオッサンばっかりなんだけど・・・

「ピアノマニア」
上映を楽しみにしていたので、早速に行って来た。

調律師の1年を追ったドキュメンタリー。

ピアノは大きいから持ち運べない。
添え付けの楽器を演奏家が使うというのは、オルガンとか、ドラムセットとか、そんなもんだろう。オルガンは教会専属の調律師なんかがいるのだろうか?ドラムのセットのチューニングはプレイヤーが自分でするから、人に頼むことはない。
オルガンとちがって、ピアノは弦を叩いて音を出すのだから、演奏したら調律は狂うのが当たり前だから、演奏前の調律は必ず必要だ。だからお抱え調律師を連れてツアーをするピアニストもいると聞く。

この映画は、ウィーンのコンチェルトハウスを舞台に、スタンウェイの主任技術者であるシュテファンの1年を追って構成されている。

ピアニストは芸術家だから、イメージする音が得られるまで調律師に注文を出す。調律師は技術屋さんだから、イメージをかたちにする。
そのためにフェルトをかませたり、反響板を作ってみたり、ピアノのハンマーを交換してみたり、ペダルを調節してみたり・・・
そうやることで、見ている素人のわたしにも音の違いが分かるような気がしてくる。

そして、実際の録音となると、マイクの位置やら、今度は録音技師も交えてあーでもない、こーでもない。

すごく興味深かったのは、ピアニストが求めるイメージを調律師も録音技師もだいたい理解していること。この世にないもの、見たり触ったりできないものについてのイメージをどうやって共有することが出来るのか?そんなものはスコアには書いてない。

ピアニストと同じだけの高みにある調律師であり録音技師だからこそ共有できるのだと思うと、音楽が録音されてわたしたちが耳に出来るのはまるで奇跡のような気がする。

実際、調律師のシュテファンは「ラジオやCDを聞いていて、きたない音のピアノだととても疲れる、職業病だ」と語る。職人ならばそうだろう。わたしが化学調味料の入ったものを食べたくないのと似ているかもしれない。

イメージ出来ないものを作り上げることは出来ないけれど、イメージできればそれをカタチにすることは可能なんだ、ということが映画の全編から漂っている、素晴らしい映画だった。
夫はこの映画をどう見たのかわからないけれど、わたしは音楽の映画というよりも職人の映画として楽しんだ。とても参考になったし、勇気づけられた。

エンドロールが終わって、夫と顔を見あわせた。

あまりに映画が素敵だったので、そのまま夕食に突入してしまう。
映画館から車に戻って、車の中から予約の電話を入れる。
「あと10分も掛からないけど、二人で行ってもいい?」

IMG_3546.jpg

ミニグリシーニ。長い方は炒めた玉葱、短いのはタレッジオ。麺棒で生地を伸ばして、玉葱やらチーズやらをそれぞれ入れてクルリと巻いて焼いたらしい。あれまぁ、ご苦労なこと。
混ぜ込んで発酵させたら傷んでしまうといけないから、という配慮だそうな。ここにもイメージをどこまでも追求する職人が・・・

IMG_3547.jpg

今日のサラダは、キュウリがクルクルしてるので、スライスキュウリを氷に晒したらこんなになるのか?と思ったけど、どうやら何かに巻き付けてから抜いてあるみたいだった。

IMG_3548.jpg

豚ロースのポアレ。厚めの肉にゆっくりと火を通してあるから、中は絶妙は焼き具合。豚は火を通しすぎるとばさばさになってしまうけれど、生焼きはマズいという難しい食材。こういう仕事がアラメゾンシェフのすごいところです。わたしには出来ません。

IMG_3551.jpg

はぁ〜、いい1日だったね、良い映画だったねぇ。
明日からまたがんばろう。

ランキングに参加しております。
いつも応援ありがとうございます。
にほんブログ村 料理ブログ ローフードへ
にほんブログ村
にほんブログ村 有機・オーガニック
関連記事

コメント

コメントの投稿