工芸と手芸のはざま。

作品展前の料理教室も無事に終わって、機織りに戻る。

友達のご家族がが「さをり」の作品を見て来た、というメールをくれた。
普通の人にとって、一番身近に存在する手織りの世界は「さをり」だと思う。

しかし、織りに携わっている人でさをりを嫌う人は多い。織りの人の間でさをりの話題が出る事はほとんどないけれど、話題に上がった時には、「あれは嫌いだ」と言う人がわたしの回りには多い。「織りへの冒涜」という人(その方は木綿のすばらしい着物を織っている作家さん)まである。

わたしは好みとしてはさをりは好きではないけれど、織りを手芸にしてしまった、という点は非常に高く評価しています。

織物というのは良くも悪くも工芸で、かなり綿密に計画を立てて、道具も揃えて、手間ひまかけて・・・布しか出来ません。これを切ったり縫ったりしてやっと着るものができるのだけど、布になるだけでも一苦労なので、なかなかハサミを入れるなんてことはできなくて、つい、襟巻きやショールのようなものになるか、カタチの決まった着物の世界へ行くか、ただ単にコレクションして1人ニマニマするか、という楽しみ方になってしまいます。

つまり、どんなに熟練したところで、どんなに難しいテクニックを使ったところで、織物はしょせん布しか出来ません。

さをりは染め糸の提供と、織りの手続きの簡素化、それに加えて手織り布で織った布の使い道である服の作り方まで提供しているところが素晴らしい。織り機も小さいし、道具だってそれほど大仕掛けじゃないから、家中機織り道具だらけにならないところも素晴らしい。

だから障害者施設での情操教育に使えるし、機能回復のリハビリとしても使えるし、本格的っぽい織物をやることだって出来る。襟巻きやショールで飽き足らない(すぐに飽き足らなくなります)人には服にするまで面倒みるわけで、ここまで来ると相当に楽しめます。
さをりの服の作り方はとても独創的で、わたしもずいぶん参考にさせてもらっています。

しかし、織りの手続きを簡素化してしまうために、綿密に計画を立てて作るような織物が織れない、という不具合がありますが、さをりの世界だけで楽しんでいる分には何の問題もありません。細い糸やら細かい事やら、ややこしいことなどはやらない、というのは素晴らしい選択です。

工芸と手芸がどう違うのか?ということを、わたしは30年くらい考え続けています。わたしがやっているのは手芸だとは思ってません。かといって、工芸か?というと、それもかなり怪しくて、まぁ、「クラフト」が一番シックリ来ますが、工芸を英語にしただけでちょっと工芸という言葉の持つギンギンに突き詰めた感じが和らぐからでしょう。

なぜ手芸でないか、というと、わたしは手芸をするほど手先が器用でないことが良く分かっています。ついでに材料は本当にナマなものを使うので、材料代が手芸に比べて比較にならないほど安い。産直市でろくに包装もされてない畑からそのまんま〜な野菜を買って料理するのと、夕食サービスみたいなところから晩ご飯パッケージを取り寄せて、指示通りにその日の晩ご飯を用意するくらいに違います。

もちろん、手芸をする人の中でも素晴らしく才能のある人はたくさんいて、その人たちは手芸の道具やテクニックを使って芸術してしまいます。どの世界にも素晴らしい才能の人というのはいらっしゃるものです。

手芸で作ったものはもう完成品ですが、工芸の場合はそうとは限りません。織物などは典型的で、織物で出来た布はやはり何かの材料でしかないのです。服の材料だったり、布団の皮だったり。 

手芸は作るプロセスを楽しむという要素が強いので、やっぱり出来上がりはそれが完成品でないといけないのです。織物とよく比較される編み物は、道具もシンプルで、出来上がり=製品になる場合が多いので、手芸的な要素が強い、ということになります。編み物は糸の無駄も少ないし、解けばまた糸として使えるので、大変に合理的な技術です。
第二次大戦中、イギリスでは織物が手に入らなくて、みんな編み物で服を作っていた、という話しを聞いた事がありますが、織物の服を着るというのは贅沢なことなんだ、というのは、自分で織物をやっていて良く分かります。

工芸である織物は道具は大掛かりだし、材料は無駄になるし、糸は直角にしか交差しないし、経糸の準備が大変だし・・・何より織り上がっても布にしかならない、という意味で本当に不自由な感じがします。

庶民はみな自分の家族が着る服をその家の主婦が糸から準備していたので、今でも田舎に行けば伝統資料館のようなところに農具と一緒に機織り道具がたくさん展示されているものです。織物は家事の一部だったんですね。近代化の中で一番最初にアウトソーシングされた家事が織物だったんだと思います。

で、その織物をまた性懲りもなく家庭の中に持ち帰るのが手芸だろうがクラフトだろうが手慰めだろうが、なんでもいいけど、「機織り」なわけです。

わたしの経験で言うと、さをりから織りの世界に入った人はさをりから抜け出すことはほぼ難しいようで、教えて欲しい、と言われる事もありますが、まず上手く行かないので他の先生をご紹介します。

織りの世界はとてつもなく広くて、それぞれにテクニックも違えば道具まで違います。この世界の広さにわたしは魅了され続けているのだけれど、さをりから織りを知ってしまった人は、(すべての人はそうではないだろうけれど)この広い世界を知る事がなく、さをりの世界で完結してしっまっている様子を大変に残念だなぁと思うのです。

というわけで、わたしは織りの無限に深い森を彷徨い歩くのであります。

IMG_3821.jpg

やっと織りはじめました、これはブランケットになる予定。作品展に間に合うのか?!

ランキングに参加しております。
いつも応援ありがとうございます。
にほんブログ村 料理ブログ ローフードへ
にほんブログ村
にほんブログ村 有機・オーガニック
関連記事

コメント

コメントの投稿