美術雑誌の取材を受け、着物の不思議について語る。

ワークショップ参加者の中にバングラデシュの美術雑誌、chitramの編集者(人の使い方を見てると結構偉いような)の青年がいた。

ワークショップも記事にするの?と聞いたら、「また改めて取材させてもらいますけど、もちろん記事にします」とおっしゃって、本当に女の子の記者を寄越してインタビューと相成りました。

記者の方は今風のゴージャスな美人で、名刺も持ってなくて、ボスに言われて来たけれ日本人に何聞いたらいいのかよく分からない、という風情。「録音させていただきます」とスマホを取り出して・・・なんてことをしているうちにボスがやってきて、アートとクラフト、フェルトを作るようになったきっかけなどを話して欲しい、ということになりました。

ワークショップはどうしてやろうと思ったの?と聞かれて、レジデンシーの条件のひとつがワークショップをやることだったのよ、と答えるとちょっと驚いていた。こちらこそ、美術雑誌の編集者がなんでフェルトのワークショップに来たのか謎ですが、彼は「新しいことだから面白そうだった」と言ってくれた。

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編集者のアカシュくんが作ったベレー。彼は素晴らしガッツで作品を完成してくれた。

話はどうしても糸を紡いで布を織ること、使う布を作る話しになってしまって、ファインアートとは真逆の方向に進んでしまう。わたしが織物学校にいた1980年代はファイバーアート全盛の時代で、ちょうどその中心にあった京都で織物を学んでいたのでとてもたくさんの作品をみたと思う。面白いものもあれば、つまらないものも多かった。なんで織物でこんなことをするのか?という問いに応えるだけの作品は残念ながら多くなかった。

インタビューはほとんど雑談になってしまって、雑談しているうちにサリーと日本の着物の話しになった。
(ベンガル語での会話なので、翻訳調)

中古の着物がね、絹の手織りの着物なのよ、それがね、2000円くらいで買えるの。新品みたいにきれいなのよ。汚れてるものなんか値段つかないの。着物ってね、わたしもつい最近まで自分で着れなかったのよ。サリーは着れるのに、自分たちの民族衣装の着物が着れないってどういうこと、ってずっと思ってたのよ。日本にはね、「着物学校」ってのがあって、着物の着方を教えて資格を出す学校があってね・・・

という話しになって大受けする。

「え〜、まるでラジャ・ラニ、王様の衣装の着付けみたいなものじゃない。サリー学院なんてのがあったら大笑いだわ」

そうそう。わたしは小さいときに母や祖母が日常で着物を着ている姿を見てるので、着物を着て暮らすっていう生活も知ってるのに、わたしと着物はとっても遠い関係になっちゃったのよ。理由はよくわからないんだけれど、ラジャ・ラニみたいな着物でないと着物じゃない、っていう変な風潮があったの。

何十年か日本人が着物を着ないせおかげで素晴らしい手織りの着物を安く買えるんだけど・・・

「それは政府が助成するとかでそんなに安いの?」

違う違う。誰も着ないから値段がつかないのよ。日本人が中古品を好まないってこともあるかもしれないけれど、どんなに高価な着物でも二束三文なの。悲しいことでしょ。着物はね、3代着れる衣装なの。世界中さがしてもこんな衣装はないでしょ。お婆ちゃんの着物がそのまま着れるのよ。

結局着物の話しも手織り布と人との関係の話しになってしまう。

フェルトを作るのは織物と違った自由があって、気分転換に楽しいし、帽子やルームシューズなど必要があって作るもので、基本的に織物作家としての話しをしてしまった。

民族衣装が当たり前に生きている社会から学んだことは多かった。民族衣装といえども当たり前に流行があって、サリーの柄からブラウスのデザインまでモードがあるのは当たり前で、民族衣装だからといって決まった形から変わらないなんてことはない。

サリーの着方に、ヒダは6枚・12センチ。アチョール(背中に垂らす部分)は裾から5センチなんて決まりがあったら大笑いだ。サリーによって、体型によって手の大きさによって自由にヒダをとって身体に巻くのがサリーだもの。

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