「みんなの学校」

夫がどうしても観たい、というので、映画に行った。
みんなの学校」

大阪の公立小学校で不登校ゼロ。いろんなところで受け入れてもらえないような子がわざわざ学区内に引っ越しをして通うという。

冒頭、4月の始業式のシーンで始まる。
学校の農園や校庭に草が生えてないのはどうしてか?と校長が子供たちに問いかける。すると、一人が「管理作業員の方」と答えるけれど、「管理作業員の方だけではとても広くて手が足りません」すると、「久保田さん」(違ったかも)と⚪︎⚪︎さんが答える。
公の場で校長は子供たちを男の子も女の子もさん付けで呼びかける。

どうして久保田さんが学校の草むしりをしてくれるのか?それは学校が大事だからです。学校は誰にとって大事ですか?という問いに子供たちは「自分にとって大事だ」という答える。
そこで驚くことに校長は「自分って誰ですか?」と更に問う。

学校のルールは、「自分がされたら嫌なことはしない、言わない」ということだけで、支援学級の子と普通の子が同じクラスの中で学ぶ。支援が必要な子を普通の子(っていう言い方もおかしいけど)がサポートして同じ時間を過ごすのだけど、小学校くらいの学校の勉強は基本的なところさえ押さえていれば後はいろんな人がいて一緒に過ごすという環境のほうが大事だ。

不登校のまま4年生になっちゃった子が新学期から転校してきた。この子は教室の中にどうしても入れないけれど、この学校ではとにかく学校に居ることをこの子の目標として学校のあらゆる場所で彼を受け入れる。そうしてクラスの中に入っていかせる。

大人が子供に序列は序列として先生と子供の違いをキープしたまま個として対等に真剣に向き合うというのは日本人にはとっても苦手なことじゃないかと思うけど、この学校では何よりも個としてどう考えどう振る舞うか、を重視している。

先生の言葉で、学校で子供が変わり、先生が変わり、親が変わると地域が変わる、そうやって30年くらい経ったら社会が変わる、という話しが出てくるけれど、本当にそうだろうと思う。

全国統一テストの時に取材者に校長が泳げない子と100メートル泳げる子を例に話しをする。
泳げない子が浮けるようになるだけですごい努力をして進歩する。100メートル泳げる子が次も100メートルしか泳がなかったら何も努力してないし、進歩もない。

つまり、できない子に合わせる教育でも、できる子に合わせる教育でもない、個人がどれだけ伸びるか、という教育をするために子供に「自分って誰だ?」という問いかけをするのだ、と思った。

だれにでも手を出すと暴れん坊で有名な子が転校してくることになった。その子は半分成人式で語る夢に「だれにも暴力をふるわない、乱暴な言葉を使わない人になりたい」と泣きながら宣言した。

この子が暴れた数年間、彼自身がどれだけ傷ついてきかた、胸が詰まる思いがする。暴力では何も解決しない、という簡単じゃないけれど、大事なことををこの子は本当にわかっているから解決したいと思ってる。まだ10歳、暴力以外でのコミュニケーションはいくらでも獲得できる。

公立学校でこんなことできるんだ。いや、公立だからこそ出来るんだ!すごいなぁ、と感動したのでした。
この学校が出来て11年、開校当時一年生だった子は今高校生。どんな風に成長しているのかとても興味がある。

学校の可能性、教育の意味などに興味のある方にはオススメです。

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