父の入院生活。(薬編)

さて、いよいよターミナルケアについて書いてみようと思います。
新年早々ターミナルもないもんですが・・・

大場久美子さんが自宅でお父様を看取ったというニュースを最近読みました。壮絶な介護だったそうです。

うちの父も壮絶でしたが、まったく意味が違って病気で苦しんでいるところを見る辛さはほぼありませんでした。

どんなケアだったのか。

投薬は朝ステロイドの点滴が一本。
わたしが付き添いをしていた時には食後に一錠薬を飲んでいたけれど、あれは消化剤だったらしい。この消化剤を飲ませたのは一度だけで、ほぼ食べなくなってからは消化剤も不要ってことだったらしい。
そして、夜はよく眠れるように睡眠薬。後半は夜9時過ぎくらいに点滴で睡眠薬を入れてました。日頃愛用していた薬の点滴バージョンです。

父は薬が大好きで、「いつも家で飲んでいた薬を持ってきてください」と看護婦さんに言われて持って行ったら看護婦さんがびっくりしていた、というくらい漢方も含めてあれこれ飲んでいました。

それが睡眠薬以外全部なくなって、ステロイドだけになった。

父のガンは膵臓頭部のガンが始まりで、それが主に肝臓、それから、胃や肺にも転移があったということで、家では肺がんの人特有の嫌な咳をしていたけれど、入院してからその咳がまったくなくなった。

大津先生の本fc2blog_20151109221008d28.jpg

「余命半年」に出てくる通り、ステロイドの注射だけでガンのいろんな辛い症状が消える。本の中には肺の水が抜ける話が出てくるけれど、肝臓ガンで腹水もタプタプと溜まっていた父も腹水を注射で抜くということはなく、お腹もパンパンにはならなかった。黄疸も出たり消えたりで、ちょっと黄色いなぁ、というくらい。

「ステロイドで肺の水も抜けるんだって」と本の受け売りをして、父に淀川キリスト教病院に行くように言っておいた。
わたしのアドバイスを聞いたとは思わないけれど、たまたま父の仲良しだった同級生の甥がそこで勤めていて、行きやすかったというのもあったらしい。父はどの病院に身体を預けるか迷ったんだと思う。緩和ケアなど「麻薬を打って楽にしてもらうところ」くらいにしか知らなかったようだけど、いくらか考慮してもらえたようで本当に良かった。

緩和ケアはよく効いたと思う。
普通の人ならあの状態だと電話を使っていろんな仕事や後片付けができただろう。2週間命が伸びた(病気による辛さが取れてて普通に思考できる時間が伸びた)なら、本当にいろんな後始末が出来るはずだけど、父はそういうことに時間を使わず、しつけので来てない5歳児のように振舞っていただけだった。

ガンの最後は身体が痒い。
黄疸が出ると痒みも出るんだそうで、痒みに対してはハッカの入ったオイルを病院で調合してくれて、これを塗ったらスースーして痒みが緩和されるようで、お風呂の後、クリーム(わたしが自宅から持って行ったiHerbで買ったサンプル品)を塗って、ハッカ水を塗っていた。

だから、腕には点滴を入れるための針は入っていたけれど、点滴は30分ほどを1日2回だけ。ガンによる痛みはなかったけれど、歯が痛いと言うので、普通の鎮痛剤を時々飲んでいただけで、麻薬系の鎮痛剤は結局使うことはなかった。

わたしが初めて当直した日、緩和ケアのドクターが回診に来てくれて、辛いことはないか?と聞いてくださったことがあったけど、緩和ドクターは一度来ただけだった。

緩和ケアが効いているというのは父もわかっていたようで、最後の頃は「緩和ケアっておもろいなぁ。ワシ知らんかったわ。わしもやってみよかなぁ」とまだ医学への興味を忘れないところには驚いた。父は緩和ケアのドクターには向いていたんじゃないかと思う。病気を抑制するんじゃなくて、病気による辛さをケアして生活の質を上げる医学はやりがいがあっただろうと思う。

あんなにたくさん薬を飲んでいたのに、最後はステロイドだけだった。今まで飲んでいた薬の害が消えて楽になったってこともあるかもしれないけれど、父の様子を見ていると、大津先生の本に書いてあるそのままだった。

亡くなる前の日、ドクターの回診の時に「ダルさが辛いようなら、もっとお薬を増やすし、痛みが辛くなったら麻薬系の薬も考えます」とおっしゃってくださったけれど、結局薬を増やす前に逝ってしまった。「身の置き場のない倦怠感」をどれほど我慢して耐えていたのかはわからないけれど、痛みはほぼなかったようだった。

ダルさのケアはステロイドを増やすってことだろう。痒みのケアのための薬(?)がちゃんと用意されていて、看護婦さんが塗ってくれるのには驚きました。これが淀キリか!と。

大場久美子さんも大津先生の本を読んでいたらお父様もそんなに苦しまずに済んだだろうにと思うとお気の毒です。

薬をほぼ使ってないので、入院費もほぼ部屋代。痛みのケアをしたらもっと薬代がかさむのかもしれませんが、通常のガン治療を考えたら、緩和ケアはお財布にも優しいのかもしれません。

問題は、良い緩和ケアにアクセスするのが簡単ではないということです。
広島にもホスピスがあるけれど、淀キリはもう一歩先をいってました。

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コメント

ペンギンさんありがとう

ペンギンさん、こんにちわ。

色々とネガティブな攻撃を受ける事もあるネット上で、
大切なお父様のお話しをシェアして下さって
本当にありがとうございます。

私も50代で、そろそろ周囲に旅立つ人達もちらほら・・・

今時、ほとんど最後は病院で亡くなる事になりますが、
苦しまずにスッと逝ける事を誰もが望んでいます。

しかし、どんな逝き方になるのかは、
その人の運なのだと、ずっと思っていました。

今回、緩和ケアという概念をシェアして頂いて、
本当にありがたく思いました。

ただただステロイドは悪!だと思い込んでいたし、
強い麻薬?でなんとかするしかないと思っていましたので、
緩和ケアは知っておくべき事、
とても大切な事なのだと理解出来ました。

自分や自分の大切な人の最後が、
壮絶な苦しみにならないように。


ぺんぎんさん、
いつもいつも良い情報ありがとうございます。


お父様が、天国の光に還られ
安らかであられますように。



京都のらみんより











Re: ペンギンさんありがとう

> 京都のらみんさん、
ご訪問&コメントありがとうございます。

父も最後の3日くらいは家に帰りたがったのですが、とてもじゃないけどあの人を家で看取るのは無理だと誰もが思い、父の意向は無視したんです。

病院にも在宅での看取りのパンフがあって、それなりの支援体制もあるので、普通の人なら一部屋片付けて、介護ベッドのレンタルを借りれば可能だと思いました。ガンの最後は本当に早いので、短期決戦だからこそいろんな願いを叶えることはできると思います。

「医者選びも寿命のうち」と言いますが、自分の体のことも医者に丸投げにせずに、出来る範囲で知っておくことってきっと大事なことだと思います。

ガンとの向き合い方も年齢や、やり残したことなど、人によって色々なんでしょうね。

お優しいお心遣い、ありがとうございます。
父の死から得た経験がブログを読んでくださる方のお役に立つことがあれば、きっと父も喜ぶだろうと思います。

凄く参考になりました。

ぺんぎんさん、なかなか本当に身近な人からでないと聞きにくい緩和ケアの実際について詳しく書いてくださってありがとうございます。
ご紹介になっている本も制作が山を越えたら読んでおこうと思います。
身内や自分が直面してからだと動揺してしまって読みにくいだろうから。

死ぬというのはどんな場合でも簡単なことではないですが、痛みを除き最後の瞬間まで少しでも快適に過ごすための医療も進んできているということを知ると、致死率100%の自分達の未来へ明るい気持ちになれます。
そういう情報を実際に役立てることができる前に、知っていること自体が心を明るくし生きるための力を増量します。
良い情報を発信することは世の中に光をともすことです。
色々お忙しいなか文章にまとめて公開してくださってありがとうございます。
重ねてお父様のご冥福をお祈りいたします。


Re: 凄く参考になりました。

> たこさん、
お返事遅くなってすみません〜汗
あの本ねえ、母には読ませられなかったのですが、弟が「今ならお母さんも読めるで」と読ます気満々です。
父はねえ「死ぬのってこんなにしんどいんかなぁ〜、しんどいわぁ〜」とぼやいていました。しんどかったんでしょうね。亡くなる日くらい前から「わし、もぉ〜あかんわ」と言ってましたがすぐにはお迎えが来なかったようで、なんどか「お迎え来たか?」と聞いたのですが、わたしが当直したた時にはお迎え現れず、でした。でも最期にはおばあちゃんが迎えに来たみたいで「おかぁちゃん」と言ったんだそうです。

生まれてくるのも難事業ですが、死ぬのも大変なようです。そのプロセスもこの世の楽しみと思いたいですね!

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