「どうしてそんなに心穏やかに自分のペースで毎日過ごせるのですか?」

ご質問いただきました。

どうしてそんなに心穏やかに自分のペースで毎日過ごせるのですか? 私はだめだとわかっていても人とすぐ比べてしまうし、もっとお金があればいいのにと思ってしまいます。今だって十分幸せなはずなのにぺんぎんさんのように人を羨まない心を持ちたいです。



真面目なご質問なのか、冷やかしなのか、嫌味なのか、ネタなのか、釣りなのかさっぱりわからないのですが、真面目に考えてみようと思います。

この方は十分お幸せで、たぶん経済的にも恵まれているのに人と引き比べて自分は劣っているように感じて心穏やかに自分のペースで過ごせないし、お金も足りないと思っておられるようです。

うーん、文面からみてこの方はわたしよりお金持ちなんでしょうねえ。羨ましい限りでございます。「わたしはだめ」な理由がお金が十分にないことのようですが、んじゃぁお金ってどんだけあったら十分なんでしょう?

今日わたしは仕事をしながらパナマ文書とタックスヘブンを論じた岩上さんのインタビューを聞いていました。
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/301082

金持ちや大企業が租税回避して本来納めるべき税金を払わないという話で、この話をリークした”名無しのジョン”っていう人は「これは革命だ」と言っているとかなんとか。

つまり、お金なんぞな〜んぼあっても足りないどころか、あればあるほど足りなくなる。人が羨ましくなる。

さて、もう一つの問題、「人を羨まない心を持ちたいです。」

上を見て暮らしていたらきりがない。「上見て暮らすな、下見て暮らせ」という生活訓がありますが、わたしは下の句のほうは余り好きではありません。なぜなら、表面的に優れていたり劣っていたりすることをアレコレ思ったところで、幸せの本質、生きる意味との比較ってほとんど意味がないと思いませんか?

たとえば、わたしは日常のことをブログに書いていますが、悪いことはほぼ書きません。読んでいる人には書かれていることと文や文字の隙間から溢れる雰囲気以外にはわたしの人生の全体は知りようがないのです。

自分のペースで毎日生活しているのは、わたしは自分のペース以外に生存する方法がありませんから、必然的に自分のペースになります。心穏やかかどうかは日によって違いますが、どうにもならないことをアレコレ心配してもどうしようもないので、目の前に降りかかるアレやコレやに煩わされているだけです。

では、どうやって毎日自分のペースで過ごせるか?人と自分を比較して「自分はだめだ」と思わないようになれるか、ちょっと考えてみましょう。

まず、日常茶飯の瑣末な事柄、
朝起きて顔を洗って歯を磨く。
ご飯を作ってご飯を食べて、鍋や茶碗を洗う。
服を着替えて服を洗ったり繕ったり、縫ったり解いたりする。
お風呂を洗ったり、庭を掃いたり、ゴミを出したり。

たぶん、生活のための雑用をすることは福音なんだと思うのです。自由の本質って案外こんなところにあるんじゃなかろうか?とも思います。これらの仕事はお金を生みませんが、お金には変えられない価値があるように思うのです。庭がなければ、庭に葉を落とす木がなければ庭を掃くこともありませんし、着る服に愛着がなければ繕ったり縫ったり解いたり、糸を紡いで布を織ったりすることもないわけです。
顔がなければ顔は洗えないし、歯がなければ磨けません。

わたしは好きな食べ物を聞かれた時に「卵かけ御飯」と答えて失笑を買うのですが、これは3年もバングラデシュで働いていた時に恋しい食べ物No. 1が「卵かけ御飯」だったのです。

美味しい卵かけ御飯を食べるには、いい醤油、いいお米、いい水、いい卵があればいいわけで、ものすごくお金がかかるわけではありません。つまり、お金はそれほど重要な問題じゃなくて、環境こそが問題だということです。(バングラデシュに卵がない、というわけではなく、サルモネラ菌感染の心配のない生食用卵がない、という意味で、バングラで卵かけ御飯を食べていた人もいましたよ。)

今は日本に住んでいるので卵かけ御飯を恋しく思うことはありませんが、最高のご馳走なんてそんなものだと思うのです。

fc2blog_20160511211915882.jpg

菜っ葉さえ食べていれば大丈夫だと思う。しみじみ心も身体も満たされるのです。

自分の世話を焼けるということは、お金を稼ぐことよりも大事なことなんじゃなかろうか?と最近思うのです。自分の世話がちゃんと焼けたら、仕事も出来るし、お金も稼げる。

口から入るものに気をつけていたら、精神や身体の健康を保てて余分なお金が掛からない。幸せだなぁ〜と思っていたら、人のことなどあまり気にならない。

そんなところが「どうしたら・・・」のお答えになるのではないでしょうか?

わたしは好きなことをして暮らしているので、心が満たされているから車も中古車だけど好きな車だし、着物も母のお古&リサイクルだけれど、使い切れないほどお金があったとしても、やっぱりリサイクル着物の発掘を楽しんで、ビンテージカーに乗って故障に悩まされて喜んでいるだろうなぁと思うと、お金だって必要な分はあるんだからいいんだなぁと思うのです。
見栄張ったってつまんないんだもの、上には上がいるしさぁ〜。評価の確定しているもの同士で見栄を張るより、新しい価値を発見したり、クリエイトして楽しむほうが好きなのです。

最近、ご先祖関係の資料が出てきて、それを読んでいるのですが、そこから受け取るメッセージは「家に縛られず自由に生きなさい。必要なお金はちゃんと用意してあげるから。必要以上のお金など持ってみんな苦労したんだから。自由に生きよ!」とサポートされてるんだなぁと真面目に感じているのです。

誰でも、どんな人でも、存在として対等なのだから、人を蔑んだり、羨んだりすることなどまったく必要ないのです。そう思うのは簡単じゃないけど、でもそうだと思います。

「みんな違ってみんないい」ってそういうことなんだと思うのです。

というわけで、お答えになったかどうかわかりませんが、「十分幸せ」なあなたはその幸せを味わって日々を過ごしてくださいね。いつまでこの世にいるんだかわからないんですもの。

ランキングに参加しております。
いつも応援ありがとうございます。
にほんブログ村 料理ブログ ローフードへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ファッションブログ ふだん着物(和服)へ
にほんブログ村

〜〜料理教室のご案内〜〜
5月24日(火)台湾の焼きビーフンを予定。
5月29日(日)じゃがいものパンケーキ

火曜日・日曜日、どちらのクラスも新規生徒さん絶賛募集中です。右下のメールフォームよりお問い合わせ下さい。
個人レッスン、短期集中講座はご相談ください。
教室は広島市です。
関連記事

コメント

ありがとうございます。

丁寧に答えて頂きありがとうございます。
口から入るもの、自分の世話を出来ること、大切ですね。
ブログのごはんが本当に美味しそうだなぁと思い、私も化学調味料をやめました。(家の中だけですが)
以前、料理は愛情じゃないって言っていたのがとっても印象的でした。

お金に執着してしまっているのは自分に稼ぐ能力がないと思っているからなんです。
自信があれば執着は薄れるんじゃないかと思ってます。
でも、確かにどれだけあっても足りるということはないのでしょうね。

Re: ありがとうございます。

> あらいぐまさん
再度のコメントありがとうございます。
お金が稼げないといえば、わたしはものすご〜くお金が稼げません。えっへん。
しかし、お金の使い方について、わたしは育ちが悪いのでそれほど上手じゃありませんが、いろんな人のお金の使い方を見ていて、お金の稼ぎ方よりも、お金の使い方にこそ品格が出るなぁ〜と思うようになりました。

またそんな話も書いてみようと思います。

コメントの投稿