人生初、本格座禅。その2 座る。

座禅は一炷(いっちゅう)40分、経行(きんひん)4分、トイレ休憩6分というスケジュール。

時間割
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いろいろお寺用語というか、座禅語が使われて初心者にはよくわかりませんが、禅の最中はトイレといえども修行時間ということなんだ、と家に戻ってから気がついた。

最初の一炷は、老師の座禅の座り方や注意があって、これを背中で聞きます。(曹洞宗の禅は壁向きに座る)

で、老師は老師席に着席になって、座る弟子・にわか弟子たちを見守って下さいました。

一炷が終わって、経行(きんひん)。
これは、一呼吸半歩で歩く、歩く座禅、歩く瞑想。タイやラオスの坊さんがああやって歩くなぁ〜と思いました。

一炷目はドキドキながらも無事に済み、お座布団の座り心地も心地よく、午前中は無事に座れそうな気配です。なにより、数を数えなくていいというのがわたしには良い。だって、数って数えてるうちになんだかわからなくなるんだもの。

次の一炷で、途中からなんだか楽しくなってきた。
窓から気持ちのいい風が入ってきて、虫の声、鳥の声、飛行機の音。
目の前を横切る埃はわたしの吸う息に引き寄せられて、吐く息でふわーっと顔の横を後ろに飛んでいき、まるで2001年宇宙の旅みたいだ。

なんか楽しいなぁ〜。そうだ、独参(老師との個人面談。何を聞いてもいいし、初心者は必ず聞かないといけないらしい)でこのことを話そう。老師のビデオで怖かったことも話そう。

老師は独参にしっかり時間をかけられるので、なかなか順番が回ってこない。独参待合座布団に座って、前の人の足の指を見ながら、独参待ちの間も座禅なんですね〜。集中力がないので、窓を見たり、本堂をみたり、柱をみたり。

独参の順番が回ってきて、老師のお待ちになる独参室へ入り、礼をして、初めてだとか、名前とかを老師が確認してくださいます。

で、ビデオで怖かった話は、それはその時のただの思い、感情で実際には存在しないものを心が作り出しているだけだ。

というふうに話して下さいました。ま、そうだよね。

楽しくなっちゃった話は、「それはその時に感じただけで、鳥の声のように確実にあるものではない」とまぁ、こんな感じで、とにかく座る時には座っている身体その時に起こった事実だけをやり過ごしていく、考えを追わない、感じたことも追わない。ただ、あったものをそのままに感じるだけ。

独参を終えて、単(たん 自分の座禅スペース)残りの時間座っていたら、幸福感に首までドッポリと浸かってしまった。

顔は自然とニマニマ。

あ〜、なーんもしないで、なーんも考えないで、こんな素敵なところで座ってるだけ。なーんにもしない。どこにもいかない。
わざわざプーケットやらサムイまで出かけて、リゾートしなくてもこんな近くにリゾートがあったじゃないか!あ、これって「この身体ひとつで此処に居る」っていうことかしら?考えてるからアカンけどな。

わざわざ時間をつくって、お金を掛けて、飛行機に乗って遠くのリゾートにいくよりも座禅会のほうがよっぽどいい。煩わしいビーチボーイも髪結いも来ない。鳥の声、隣の人の息などを静かに聴いてるだけのほうがよっぽど良い。

なんか幸せだなぁ〜、楽しいなぁ〜。

と思っているうちにお昼ご飯までの座禅は過ぎたのでした。

タイやビルマの仏像ってにやけた顔していて、「なんだか有り難みがないなぁ〜」と思っていたのですが、そうか、釈迦牟尼は座っている時は歓喜に満たされていたんだ、と思うと、あのニヤけ顔の仏像も大いに納得したのでした。

う〜ん、これって座ってみないと分からない。

というわけで、思いのほか楽しい座禅なのです。座禅が楽しいってだれも教えてくれないんだけど、どうしてかなあ?



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