仏教とわたし

人生であの時のアレはこういうコトだったのね?と何年も後になって繋がってくることってないですか?

わたしは大学2年の時だったか・・・前期に社会学の単位を落としたことがありました。
試験で不可になって、追試でも不可。すごく太ったおっさんの非常勤の先生で、なぜ不可だかよくわからなかった。追試だってちゃんと書いたのに・・多分その人は目と脳に脂肪が回ってわたしの字が読めなかったんじゃないか?と思う。学生の手書きの答案が読めないから不可にするとは職務怠慢である。(その先生は私がまだ在学中にお亡くなりになった。)

ま、できる学生じゃないから、文句も言いに行かないし、そもそも非常勤だから文句言いたくても言いにいく先がなかったんですが・・・

で、社会学の単位の代わりに「人間学」という講義を受講することになって、友達のいない大教室で遠くに豆粒のように見える、これまた非常勤の先生がマイクに向かって喋るわけです。

だいたい、20歳くらいの女の子に人間学って言われても「何それ?」な訳ですが、使われていたテキストが中村元先生の原始仏教の本でした。

仏教といえば、お葬式&法事のためのもの、という程度の認識しかなかったので、ゴータマ・シッダールダが語った教えを現代日本語で解説された本を読んでびっくりし、感激し、試験も無事に人生でいくつもないAの成績で突破したのでした。

試験の成績が良かったこととは関係なしに、この授業との出会いがなければブッダの語った哲学について知ることもなかったと思うと、わたしの華麗な手書き文字が読めずに追試まで落としてくれた社会学の先生には感謝しなければいけません。

この後、同じく中村元先生の「ブッダの言葉」を買って読んだのですが、「サイの角のようにまっすぐ進め」とか、へびのようになんとか、とか・・・さっぱり分からなかったのです。今読めばまた違うかもしれないけれど、サイの角がどうしたか、なんて20歳の心には「はぁ?」なのでした。

で、なんだっけ・・・冬季修行だ。

その武道はお寺に道場があって、武道の修行の他に作務、座禅、勤行というプログラムがあるんです。勤行って、お経の本を見ながら一緒にお経をあげるんです。浄土宗だからお経も優しいんだけど、文字を追うだけで意味は心に届かず。歌みたいになってて、うちのお寺とはずいぶん違う。

なんだかね、親鸞聖人だ〜。他力だ〜。親鸞ってすごい革命児なんだよね〜。お坊さん頭丸めてないしぃ〜。

あ、いや・・・
ブッダは苦行者で苦行によって悟りを開いた人で、原始仏教について知ると、仏教というのは宗教ってのとは違って哲学。ブッダは自分を信じろとか、寺を立てろとか、仏像を作って拝め、なんてことは言ってないのですが、ブッダの到達した哲学がありがたくて、つい寺を作ったり仏像を作って拝んだりしてしまう人間の、衆生の弱さがあるんですが、その弱さについて徹底的に悩んで、弱さを受け入れたのが親鸞だったんじゃない?日本の仏教革命者たちには空海とか、日蓮とかエスパー系が少なくないけど、親鸞ってのはブッダと同じ普通の人だったんじゃないかしら?

臨済宗系座禅断食や、曹洞宗系座禅やら、親鸞系の座禅付き瞑想武道など、ブッダの教えから日本で豊かに花開いた大乗のあれこれのお世話になりながらもそこに人としてのゴータマ・シッダールダを感じるのは大学で社会学の単位を落としたおかげなのだなぁ〜と思うのです。

うーん、不思議だわぁ。

最近仏教が大ブレイクしてるよねえ。南伝仏教もピュアでいいけど、女性は基本お呼びじゃない。そういう意味でベトナムの禅僧、ティック・ナット・ハン師のご活躍など、やっぱり大乗かぁ〜。

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今読んでますが、世界の仏教の動きと日本で起きつつあることがよく分かります。もちろん、広島市の図書館に蔵書してますよ〜。
日本の仏教も葬式だけじゃない時代がすぐそこまで来ている予感。

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